第54話 二人の旅
「う~んっ! あの河畔の絶壁に建つお城は、壮観でしたねっ!」
「見た目のインパクトは、凄いよなあ。実用性は……ちょっとイマイチだけどな」
いつも通りの弾むアルトで今日の景観ハイライトを生き生きと語るクリスタと、のんきに応じる俺。二人組に戻った俺達は、アロイス商会の商隊にくっついて、王国のあっちこっちを旅している。
俺もクリスタも攻撃型の冒険者ではないので、二人だけで戦闘を伴う依頼を受けるのは危険だ。もちろん、「王妃の元カレ」と「翡翠姫」の評判はここんとこすこぶる良くなっていたので、頼めば組んでくれる冒険者パーティも、あるはずなんだ。だけど、不思議なくらい気が合ったマリウス達とパーティを解消した後は、他の冒険者と一緒にやろうって気が、なかなか起きなかったんだよね。
そんなら……クリスタの「いろいろなとこを旅したい」というかねてからの希望を、かなえたいと思ったわけなんだ。半年くらい、俺の趣味だけでクリスタを「冒険者」業に付き合わせちゃったからな。
アロイスさんに申し出たらそれは大喜びで……商隊の護衛という名目で、こうやって同行させてもらってるんだ。何しろ、クリスタがいれば商隊の馬車にルーフェの神官旗を掲げることが出来るから、まず山賊盗賊の類は襲ってこない……奴らも半数くらいは、ルーフェの信者だし。移動するのを昼間だけにすれば、魔物も心配しなくていいから、実に安全な商品輸送に、なるわけだからね。
大消費都市である王都の物価には、結構安全保障コストが乗っかっているわけだけど、クリスタさえいればその分アロイスさんの儲けが増すってわけだ。俺が付いていく意味は……万一の戦闘に備えてなんだけど、ここひと月、出番があったためしはない。
「今晩はハイデルベルク泊まりですね! 大きな街だから楽しみですっ!」
「そうだな。賑やかで、街並みも綺麗だし……そうだ、街の中心では、夜市も立つぞ」
「それは楽しみですっ! ああっ、その前に……今晩の宿では湯浴みができるはずですっ! まずさっぱりしたいですねっ!」
「そこが最重要だってところは、相変わらずブレないんだな」
「一応若い娘ですから、譲れないんですよっ!」
多くの商品を運ぶ商隊だから、安全第一だ。魔物を避けるために、陽が高いうちに宿をとる。なので、夕方以降俺達は自由時間、夕食を含めて楽しく観光させてもらっているってわけだ。もちろん、翌日に響かない程度に、酒量は抑えないといけないけどな。
馭者席に並んで座り、まったりと今晩の楽しい過ごし方を話している、俺とクリスタ。だけど唐突に……
「大熊だ!」「逃げろ!」
商隊の前方から切迫した叫び声が。続いて何人かが必死で走って逃げてくる。おい、お前ら、馭者兼「護衛」じゃなかったか? 職場放棄はいかんと思うがな。
「クリスタ!」
「はいっ! こっちを使うので『剛力』ください!」
クリスタに「剛力」の強化を掛けると、クリスタは馬車に立てかけた数本の棒から、鋼鉄のやつを選び出した。もちろん、素の腕力で持てる代物じゃない。そして俺は、走り出すクリスタと自分にまずは「神速」を付与する。なにより、物理戦闘の基礎は敏捷性だからな。
俺とクリスタは、車列の両側に分かれて走る。戦闘車両の先には……確かに巨大な熊。
「魔獣……ではありませんねっ!」
「そうだな。それだけに、かえって厄介だけどな」
魔物や魔獣は、陽の光を避ける性質があるから、昼間は普通でてこない。だが、この大熊は、魔力と関係なく齢を経ることで大きくなったもののようだ。体長はおよそ六エレ弱……女性の身長の倍くらいといったところ。森に餌がなくなって、迷い出てきたのだろうか。
「私がやりますねっ! 目一杯強化、お願いしますっ!」
「よし!」
俺はクリスタに前線を譲って一歩引き、若干長めの詠唱で……それでも普通の魔法使いよりかなり短いけど……最大効果の「神速」「剛力」を発動させた。
「うんっ! やっぱり、ウィルお兄さんの強化は最高ですっ!」
大熊の攻撃を自在に回転する鋼棒でいなしながら、クリスタがのん気に微笑みながら褒めてくれる。そうなんだ……この数ケ月一緒にやってきて、クリスタは俺の最大出力の強化を軽々受け止め、使いこなせるようになっていたんだ。マリウスやユリアンはもてあまし気味だったから、最後まで手加減が必要だったんだけど。ここまでフルに俺の力を活かしてくれたのは、エルザ以来だ。
「ではっ! いきますっ!」
肩の高さで回転していた鋼棒の軌道が一瞬で地面スレスレに落ちる。そしてその先端が、後ろ脚で立ち上がり、その前脚でクリスタに一撃を加えんとしていた大熊の左脚に直撃した。ブギッというような鈍い音がして、脚の力を失った熊は、斜めに倒れ込む。
「そこですっ!」
クリスタの棒が倒れかけた大熊の頭蓋を全力で撃つ。ボゴッと骨の陥没する音がして、熊はしばらく痙攣していたが、二度と起き上がっては来なかった。
「見事だな、クリスタ。もう聖職者じゃなくて肉弾戦士でもやっていけそうじゃないか」
「あはっ! ダメですよ! こんな重たい鉄棒、持って歩けないですからねっ! 何より、お兄さんの強化があって、戦えるのが私なんですからっ!」
「俺の強化をこれだけ上手に使って戦えるのは、エルザとクリスタだけだけどな……」
「むふっ! お兄さんとの相性は、最高なのですよっ! まあ、エルザお姉様だけは仕方ありません、許してあげますっ!」
「何を許すんだよ……それより、怪我人は?」
「あ! そうでしたっ!」
幸いなことに逃げ足の早い護衛が……役立たずともいうけどな……多かったせいで、被害は殴られた奴と爪で引っかかれた二人の重傷者だけで済んだ。殴られた奴はしゃれにならないくらい上半身の骨がやられていて、クリスタの法術でむりやり眠らせた。
「あれは、治らないかな?」
「そうですね。法術で自己治癒力を上げましたから外傷や内臓の損傷は治ると思いますが……腕から肩にかけて骨が粉砕されてしまっていますので、左腕はもう使えないかなと」
クリスタの表情も曇っている。
「ルーフェの法術は、人体の回復を速めることはできますが、壊れたものを元に戻すことはできないので……『ルーフェの奇跡』なら、できるらしいんですけどね」
「『奇跡』なんてのも、あるんだ?」
「それは、もう教主様クラスが、その身を依代としてルーフェ神を降臨させるのだそうで……私も見たことはありません。『奇跡』は、失われた手足を復活させたり、死んだものを蘇らせたりすることも、できるんだとか……」
「そうか、よっぽどお偉い人ならともかく、俺達には関係なさそうな『奇跡』だよな。せいぜい軽傷で済むように、立ち回ろうぜ」
「そうですねっ!」
翡翠の瞳が、ようやく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます