第53話 お別れ

「解散? なんで? 私……子供産んだら、戻ってくるのよ?」


 リーダーマリウスの「パーティ解散」発言に驚いて聞き返すアデリナ。パートナーのユリアンは言葉を発していないけど、やっぱりその真意を理解できてないみたいだ。


「戻ってきてくれるつもりなのはありがたいんだが……実際のとこ、難しいんだよな。俺の嫁も、赤ん坊が生まれた後、冒険者に戻ろうとしたけど……いろいろハードルがあるんだよ」


「ハードル……って?」


「俺たち冒険者は、いつ死んでもおかしくない。アデリナみたいに若いうちはそれを何とも思わないけど、子供が出来ると『この子を残しては……』とか考えちゃって、危険なことをやるのに、ためらいが出ちゃうんだ。それで、突っ込むべき時に、タイミングが少し遅れてしまったりする。実際それが原因で嫁は負傷して、いろいろ考えた末に冒険者をやめた。もったいないという奴らも多かったが、嫁は『子供を選んだのは正解』ときっぱり言ってる」


「う……でも、そんなら私の代わりに魔法使いを迎えればいいのよ! マリウスパーティのネームバリューは上がっているし、応募してくる人、絶対いるって! 私に子供が出来たからってパーティ無くすなんて、ダメよ!」


 アデリナが必死に食い下がる。何か責任を感じているみたいで、痛々しい。


「いや……アデリナに子供ができた話は、あくまで切っ掛けに過ぎないんだ。ずっと考えていたんだが、俺が……俺自身が冒険者を引退しようと思ってる」


 マリウスは、俺達が驚愕するような言葉を、静かに落ち着いて吐いた。


「なんで? なんでなの?」


「冒険者はだいたい三十歳で引退……粘っても三十五くらいまでと言われてる。齢をとってもある程度経験をもとに戦うことはできるが、敏捷性というのか瞬発力というのか……とっさの反応速度が落ちてくることは避けられない。後衛の魔法使いならともかく、敵の攻撃をとっさの判断で受け止めねばならない前衛戦士として、それは致命的だ」


「そんな……まだマリウスはやれるよ……」


「実のところ、俺もまだ戦えると思ってる。けど、嫁はそう思っていないらしい。もうここ一年、冒険者をやめてくれと事あるごとに泣かれているのさ。自分が一緒に戦っている時には気にならなかったらしいが、朝に俺を送り出すとき『この人は、もしかしたら帰ってこないかもしれない』という気持ちが、日に日に強くなるんだそうだ」


 マリウスの言葉を聞いたアデリナが考え込む。


「確かに、帰ってこないかもしれない人を、何もできずに待っているのは、辛いかも……」


「ウィルとクリスタが加入してから、あまりに仕事が絶好調だったんで言い出しづらかったんだが……二人のおかげで、火竜を討伐するとか、特級の称号をもらうとか、冒険者としてやりたいことは、全部やり切れたって言うかな。だとしたら、残りの人生、嫁を幸せにしてやりたいっていうか……まあ、そういうことだ」


 照れながらマリウスが言う。もはやアデリナは反論しようとしない。ユリアンの眼にも理解の色が広がっている。その右手はアデリナの左手をぎゅっと握っていて……いいかげんに、もげてしまえ。


「そして、この半年、カネも信じられないほど一杯稼げたからなあ。十年くらいは、遊んでくらせるほど……ああ、遊ぶ気はないけどな。嫁と一緒に郷里ケムニッツの街に帰って、小さい宿屋を一軒居抜きで買おうかと思ってる。幸い嫁の狩人としての腕は衰えていないからな、狩った獲物を料理して……ジビエを売りにして暮らしていくよ」


 確かにこの半年で、俺達は相当稼いだ……火竜討伐の報酬が大きかったけど。トータル一人あたり三万マルクくらい収入があったはずだ。贅沢をしなければ、十年以上楽に食っていける金額だな。


「楽しみですねっ! 絶対泊まりに行きますよっ! ねっ、お兄さんっ!」


 クリスタが弾むアルトで、マリウスの決断を応援する。


「うん、確かにマリウスさんの料理は、ジビエ向きかもな。早く食いたいな。」


 俺もクリスタに同調する。残念だけど、多分マリウスの様子を見る限り、もう何ケ月も考えて出した結論なんだろう。気持ちよく送り出すしか、ないよな。みんなの話をじっと聞いていたユリアンも、ようやく口を開く。


「マリウスさんの気持ち、よくわかりますよ。それならというわけではありませんが、僕も……この機会に落ち着こうと思います。実は、ずっと考えていたのですが……街の衛士になろうかと。皆さんのおかげで一級戦士の称号ももらえたので、喜んで雇ってもらえそうですし。そうすれば、一人待っているアデリナにも、心配を掛けなくて済むかなと思います」


 衛士は、街の治安維持が任務だから、戦争に狩り出されることはない。給料は安いが、ずっと家族の住む街で働くことができる。なるほど、ユリアンは俺より若いのに、ちゃんと将来のこと、考えていたんだな。


「むふっ。そういうことなら、パーティメンバーそれぞれの新しい門出を祝しましてっ!」


「そうね!」


「おう、乾杯だ!」


 この後、めちゃくちゃ盛り上がった。


 ……こうして、また俺とクリスタは二人パーティに戻ったんだ。

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