第二部 元カノの依頼
第51話 おめでた
「エールお代わり三杯、お待たせしました!」
「お姉さん、私にももう一杯下さいっ!」
「つまみにポメスを、ひとつ追加な!」
ここは王都の「冒険者の酒場」、暖かく揺れるランプの灯りと喧噪に満たされた、クリスタお気に入りのスポットだ。
今日も俺とクリスタ、そして壁役にしてリーダーの盾戦士マリウス、女魔法使いアデリナと戦士ユリアン……ちなみに二人はデキている……の五人で、トロール討伐依頼の無事成功を祝し、いつも通り山盛りのブルストをつまみに、銅のジョッキでエールの杯を重ねていた。
だが……いつも顔色も変えず気が付くと四、五杯はジョッキを空けている酒豪のアデリナが、今日は乾杯のエールに口を付けたきり、何か気怠そうな様子で酒も料理も進んでいない。それを気にした相方のユリアンがあれこれと気を遣っている。
「アデリナ、調子が悪いのかい? 何なら早めに切り上げて、宿に帰ろうか?」
「ありがとうユリアン、気を使ってくれて。別に大したことないのよ。ただ、なんかここ数日いつもと調子が違うのよね。昼間から眠たいっていうか、お酒の味が変わったような気がするっていうか……」
俺の隣でエールのジョッキを両手で赤ちゃん飲みしていたクリスタがその言葉を聞いてはっと何かに気付き、少し慌てた様子で立ち上がる。
「んっ! もしかしてそれはっ……アデリナさん、ちょっと失礼しますねっ……」
クリスタはアデリナの傍らにしゃがむと、彼女の背中やら手首やら腹やらに手を当てて、何か静かに考えている。そして何か確信したように大きくひとつうなずく。
「うんっ! アデリナさん、これからはしばらく、お酒を飲んじゃだめですよっ!」
「どういうことなの、クリスタちゃん?」
不思議なお告げに、怪訝な面持ちで問い返すアデリナ。クリスタはそれに答えずすっと立ち上がって、アデリナの左手の上にユリアンの右手を重ねさせた。そして二人の正面に立ち、両掌を胸の中央で重ねて眼をとじるルーフェ流祈りのポーズをとって、大きく一回深呼吸した後、短い祝福の詞を優しいアルトで発した。
「美しくも若きつがいよ、そなたらの間に新たな生命宿りしこと、男女和合の神ルーフェに感謝を。そして、生まれ来たる子に、幸せあらんことを祈らん」
「えっ?」 「えぇっ?」
アデリナとユリアンがほとんど同時に、驚きの言葉を発した。
「あの……クリスタちゃん、本当に、子供ができたってことなの?」
「はい、間違いないですねっ! 私たちルーフェの神官は助産師を兼ねていますから、そのへんの診立てについては、教会で十分学んでおりますからっ!」
ドヤ顔で薄い胸を張るクリスタ。だが、当の二人はまだ当惑の表情だ。
「あらっ? お二人は子供ができて、嬉しくないのですかっ? もちろん、そういう行為をした覚えは……ありますよねっ?」
ものすごく生々しくストレートな表現にドン引きする俺達。興奮していたクリスタも俺の表情を見て、我に返った。
「いやっ、あのっ……そういう意味ではなくですねっ! とにかくっ……」
頬を染め、わたわたと慌て始めるクリスタが、なかなか小動物的で、可愛い。
「ありがとう、クリスタちゃん。急にわかったからびっくりしたけど、とても嬉しいよ」
パーティ一番の常識人であるユリアンが、真っ先に自分を取り戻してフォローを入れた。そうなんだ、ユリアンは俺より二つも年下だけど、本当に落ち着いていて無茶はしないし、先のこともよく考えている。何でもかんでもアデリナの気持ち優先で自己主張が弱いのが、玉に瑕なんだけどなあ。
「アデリナには、しばらく仕事を休んでもらうことになるだろうね。パーティーのみんなには悪いけど……」
「ぜんぜん、悪くなんかありませんっ! 赤ちゃんが一番大事ですからっ!」
なぜかぐっとこぶしを握り締め、力説するクリスタ。まあ、俺だってそう思う。マリウスも、破顔して何度も首を縦に振っている。このリーダーも、子持ちだからな。
「うん……みんな……ごめん。だけど、とっても嬉しい。がんばって元気な子供、産むよ」
アデリナが珍しく照れて頬を染めながら口を開き、ユリアンと視線を絡ませる。本当にこいつら、仲いいんだよなあ。
「おめでとうございますっ!」
「ユリアン、アデリナ、おめでとう。お祝いを考えないとな」
「ありがと……ホントありがとう。せっかくウィルさんとクリスタちゃんが入ってくれて仕事がすごくうまくいっていた時なのに、リーダーには面倒かけちゃうけど……」
アデリナは心底申し訳なさげに謝る。そう……俺達五人パーティは冒険者として、只今最高にノリノリだったんだ。
「まあ、そんなことは気にするな! 二人の赤ん坊が元気に産まれてくる方が、何倍も大事だからな!」
マリウスが、豪放に笑った。
◆◆作者より◆◆
地味に再開いたします。しばらくは五と十のつく日に更新していこうかと存じます。
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