第50話 その後6:何のために贈るのか?

 広いパーティ会場でも、エルザのいるところはすぐわかる。いつもそこから、言い知れぬ活気と言うか、エネルギーが感じられるのだから。それに引き寄せられるように、貴族たちが次々とご機嫌伺いに訪れる。傍らのフリッツも風格が出てきたとはいえ、こういう席での主役は、エルザであるようだった。う~ん、彼女も俺と同じくド平民だったはずなんだけどなあ。


「あっ、ウィルっ! こっちこっち!」


 俺たちが近づいてくるのを目ざとく見つけたエルザが綺麗なメゾソプラノを響かせると、国王夫妻を囲んでいた人垣が、さあっと割れた。結果的に俺は、心の準備をする間もなく、エルザとフリッツの前に出ていくことになってしまったんだ。


「王国の太陽たる国王陛下と、王国の月たる王妃陛下に、ご挨拶申し上げます」


 俺の動揺なんて気付かないかのように、クリスタが優雅にスカートをつまみ、カーテシーの姿をとる。俺はと言えば、一応右手を胸に当てる略礼は取るが、まだ若干固まり気味だ。


「あらあ、素敵なドレスね」


「はい、ウィルお兄さんに、見立てて頂きましたっ! とっても、気に入っていますっ」


「本当だな。まさに森から妖精が迷い出てきたかのような可憐さだ」


「国王陛下の過分なお言葉、恐れ入りますっ!」


 弾むアルトで溌溂と受け応えるクリスタの耳にエルザが唇を寄せて、何かささやく。次の瞬間、クリスタの頬が桜色を通り越して、ぼんっと紅に染まる。


「いや、はいっ……そこはまだ……いえっ、もちろん望むところなのですがっ」


 挙動不審に陥ったクリスタを優し気に見やってから、エルザが視線を俺に向ける。


「来てくれてありがとう。バタバタして結局、お礼ができていなかったからね」


「ああ、ぜひ一度は王宮に来て欲しいと思っていた。あの時のウィルとお嬢さんの活躍、本当に感謝している。ウィル……ありがとう」


 そう言ってエルザとフリッツが並んで、俺たちに向かって頭を下げるのを見て、まわりのお貴族様たちがざわつく。そりゃそうだろうな、王族が平民に頭など、絶対に下げてはいけないものだから。


「よしてくれ。感謝は受け取るけれど、あれはあくまで請け負った仕事の延長だ。それに、フリッツを守ることは、民の平和を守るために必要なことだ。あくまで今は、だけどな」


「ウィルは厳しいな……わかった、いつまでも守られる価値のある国王であるよう、努力するとしよう」


 俺との身分は今や天と地ほども違うというのに、昔と同じくさわやかに対してくれるフリッツは、やはりいい奴だと思う……下半身を除いてだけどな。だけど、その言葉を聞いたエルザが優し気にその手をフリッツの背中に置くのを見ると、やはり少しは切なくなる。さっさとこの場から立ち去りたい俺だが、フリッツはまだ言いたいことを残しているらしい。


「それでなウィル、実は……また頼みがあるんだ。今、エルザが中心になって、軍の中に特殊部隊を作ろうとしているんだ」


「特殊部隊?」


 俺は怪訝な顔をする。フリッツが声を低め、俺の耳にささやく。


「裏仕事……諜報や暗殺などを旨とする部隊だ。以前も言ったけどこの分野に関して我が国は、ザグレブ帝国に大きく後れを取っている。ウィルが指揮してくれれば、すごい部隊になるはずだ」


 なるほど、いいアイデアだ。ぼっちだったひと月ほど前の俺なら、悩みつつもそれを受けたかもしれないな。だけど……今は俺の横に、クリスタがいる。


「俺を買ってくれるのは嬉しいが、それはできない。クリスタと一緒に、とても居心地いいパーティに入れてもらうことに決めてしまったからな」


 そうさ、クリスタに裏仕事なんか、させるわけにはいかない。その適性がありすぎるほどあるだけに、なおさらやらせられない。彼女の生まれ持った悩みを、まだ広げてしまうだけだから。


「ウィルはそう言うと思ってた……残念だけど諦めるわ」


「仕方ないな」


 二人は、俺の答えを予想していたかのように、小さいため息を一つついただけで、諦めてくれたようだった。いつまでも国王夫妻を独占するわけにもいかない、俺たちは順番待ちしている貴族たちに、その場所を譲った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ダンスの時間帯も終わり、クリスタと俺はようやく、いかにも王宮主催と言う感じの、高級料理とワインを楽しんでいる。


 正直なところ、俺は貴族のダンスが下手くそだ。かなり前にフリッツに習ったけれど、踊る機会なんかさっぱりなかったからな。夜会に出るというので慌ててアロイス家で練習させられたが、クリスタやリアーネの足を何回踏んだかわからない。ある意味一番心配なイベントだったが、クリスタが上手に相手してくれたおかげで、何とか切り抜けられた。


 クリスタだって貴族としての教育を受けたわけではないのに何故ダンスが上手なのかと聞いてみたら、教会で叩き込まれるのだそうだ。ルーフェの女性神官は貴族から妻にと望まれることが多く、踊れないでは済まないからなのだとか。なるほどなあ。


 エルザとフリッツのダンスは、まさに圧巻だった。フリッツの巧みなリードのもと躍動するエルザの肢体は、本当に見る者を虜にしていた。二人が踊っている間、広間にいる貴族たちは皆、唾を飲み込むことすらせず二人の一挙手一投足から視線を外さなかったからな。ちょっと悔しいけど、やはりあいつらは、最高に似合ったカップルと言わざるを得ないのだろう。


 そんなことを思って少しだけブルーになった俺を、気づかわしげに見る翡翠の瞳が。いかん、またクリスタに心配させてしまっている。大丈夫だ、クリスタが隣にいてくれれば、俺は前を向いて進めるんだ。だから、心配しないでくれ……俺の可愛い妹分よ。


 何でもないと示すために、俺はさっきから少し気になっていたことに、話題を振ることにする。


「あのさ、さっきエルザに何か言われて、赤くなってたろ? あれ、何だったんだ?」


「あっ、そ、それはですね……」


「まずいことなら、言わなくてもいいんだけど……」


「いえっ、そんなことはないのですが……あのですね、エルザお姉さまがおっしゃるんです。『男が女にドレスを贈るのは、それを脱がせたいという意味なのよ』って……」


 そこまで口にして、耳まで紅くなって固まっているクリスタ。


 エルザお前、クリスタに何ていう教育をしているんだ? 呆れるより先に、俺の頬も熱くなってしまうのだった。



◆◆作者より◆◆

 ここまでのご愛読、ありがとうございました。

 エルザの無神経な性格にもめげず、予想をはるかに上回る方々に読んで頂けたので、第二部を書きたくなってきました。これにて一旦完結致しますが、ある程度書き貯めたら、続きを公開していこうかと思っています。できれば二月初めくらいに再開できたらというのが目標です。これまでと違ってゆっくりと、週一か週二くらいで投稿してゆく所存です。

 よろしければお付き合いいただけたりすると、とっても嬉しいです。

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