第49話 その後5:夜会

「リーゼンフェルト伯爵令嬢『翡翠姫』クリスティアーナ様、魔法使いウィルフリード様!」


 係の男が高らかにコールすると、先に入場していた連中が俺たちの方を一斉に見る。パーティー会場に入るだけのことにいちいち大げさだ、とは思うがこれが上級国民連中の流儀なのだろう。


 通常は男性側の名前が先にコールされるのだそうだが、俺たちの場合はクリスタが先になる。まあクリスタは、追い出されてるとはいえ、身分は今でも一応高位のお貴族様で、俺はガチ平民だからな。クリスタには二つ名までくっつけて呼ばれたが、さすがに俺に「王妃の元カレ」の二つ名はつけなかったか。そりゃそうか、思いっきり不敬罪になりそうだからな。


「おお、あの方が翡翠姫……噂に違わぬ可憐さだ」

「幼げな容姿なのに、実に堂々としておられる」

「あのドレス、素敵だわ。翡翠姫のイメージにぴったり……」


 予想通り、クリスタの評判は上々だ。だが、その隣を歩く俺には、好意的でない視線がグサグサと突き刺さっている。


「あれが『王妃の元カレ』か? パッとしない男だな」

「本当よね、エルザ妃様はなんであんな男と付き合っていたのかしら?」

「魔法の腕は大したものだとギルドでは評判になっているようだが?」

「支援魔法専門で、攻撃も治癒も使えないと言うぞ? そんな中途半端な存在では、多少魔力が強くても、評価するに値せんよ」

「まあ、結局存在が地味すぎるってことよね。エルザ様がお別れになったのも、当然の成り行きってことよね」


 まあ、好き勝手言うもんだよなあ。容姿がパッとしないのは否定しないけど、支援魔法の価値を認めてもらえないのは、寂しいなあ。まあ、実際に戦闘を体験してみないと、支援のありがたみは、わかんないものだからな。


 いずれにしろ、ここに集うお貴族様たちに、評価されたいとも思わないから、いいんだけどさ。どうせ今日限りでもう会わない奴らなんだし……俺は、クリスタのおまけで付いてきただけだから。そんなことを思いながら、ため息をつく。できるだけ、目立たないようにしておこう。


 そして延々と続いた入場者紹介の最後は、当然あの二人だ。


「ノイエバイエルンを統べ、国土をあまねく照らすエッシェンバッハの輝ける太陽、フリードリヒ国王陛下、そして国民をあまねく守る紅き月、エリザーベト王妃陛下の、ご入来!」


 会場が一気に沸き、拍手が鳴りやまない。白と金でまとめられた軍服のようないで立ちのフリッツは、俺の眼から見ても、格好よすぎる。貴族たちの歓呼の声に軽く手を上げて応えるその姿は、もう完全に王者の風格も漂ってきている。


 そしてフリッツと仲良く腕を組んで歩いてくるエルザは、身体の線を大胆にアピールするデザインの紅いドレスに身を包んでいる。王族としては若干品がないと言われそうな装いなのに、居並ぶお貴族様たちはみな、憧憬や賞賛のまなざしを送っている。エルザが本来のキャラを変えずに、王室に受け入れられているみたいで、そこにはほっとする俺だ。


 だけどどうしても、二人が絡ませている腕に、つい眼が行っちゃうんだよな。


 と……気付けば、俺の右ひじのあたりに、ぐっと力が加わる。もちろんその先には、碧色の髪と翡翠の瞳。その眼は、少し不安に揺れているようにも見える。


「ウィルお兄さん……」


「あ、ごめんクリスタ。心配しなくていいよ、俺はもう傷付いてなんかいないから」


 いかんいかん、せっかくクリスタのためにここに来たというのに、かえって気を使わせちゃっているじゃないか。今日は、楽しくやらないと……俺は意識してにこやかな表情をつくった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 夜会の雰囲気は俺が思っていたような堅苦しいものではなく、国王フリッツのごくごく短い乾杯のあいさつの後は、いきなり自由に飲食と会話が始まる。伯爵令嬢で、わずか十五歳の最年少司祭職、加えて冒険者としても活躍して、先般は国王夫妻の生命を救ったという派手な功績をもつクリスタの元には、さっきから交流を求めて訪れる者が引きも切らない。


 クリスタの一見可憐な外見に惹かれてワンチャンを狙ってくる貴族のボンボンもいるが、それ以上に上流階級ではレアな経験をこの若さで積んでいる彼女に、素直に同性として憧憬の念を抱いて近づいてくる女性のほうが、かなり多いようだ。まあクリスタがこんなところでもやたらベタベタ俺に懐く素振りを隠さないので、男は声をかけづらいのだろうけど。


「こんなに華奢でいらっしゃるのに、冒険者をなされているのですよね。ウィルフリード様だけではなく、クリスタ様も直接戦われるのですか?」

「ええもちろんですわ、木の棒をこんな風に振り回してですねっ! むしろ私がウィルお兄さんを守って差し上げる立場と申しますか」

「まあっ! うふふ」


 そして、クリスタは会話もうまい。婉曲に匂わせる貴族風の話し方は得意ではないようだが、ユーモアとウィットに富んだ弾むアルトは、令嬢たちの心をつかんでいるようだ。逆に、腹に一物ありそうなご夫人と話すときは、慎重に言葉を選んでまったく言質を与えない。おそらくルーフェの法術で相手の思考を読み、引っ掛けられないように動いているのだろう。クリスタは社交術の面でも最強であることを実感する。


 珍しさから一気に押し寄せてきたお貴族様の波が、やがて途切れた。


「さあお兄さん、陛下にご挨拶に行きましょうっ!」


 はぁ~っ、やっぱり行かないといけないか……

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