第47話 その後3:変更は内緒ね

 そうだ、我ながらうかつだった。やたらと「お安いもので……」と繰り返していたクリスタに選択をまるっと任せたら、とにかく俺にカネを使わせないよう、凝った仕様の生地は避け、手間のかからないシンプルなデザインにしてしまうだろう。


 クリスタは誰かに甘えることに、慣れていない。実家を追い出され、教会でも飛びぬけた能力で一歩引かれる存在だった彼女は、常に周囲から嫌われないように、慎重に配慮して生きてきたはずだ。ようやくその能力を恐れない俺と言う「居場所」を見つけた彼女が、俺に嫌われないように、あるいは俺に負担をかけないようにとやたら気を使うのは、予想の範囲内だ。


 まあ、そこで「お安いもの、お安いもの」ってやったら、店が困ってこうやって俺に告げ口するのも当然のことだけど、そこまで頭がまわらなかったんだろうな。そういう少し抜けているところも、可愛いのだが。


「それで、この仕様でお作りして、本当によろしいのかどうか……」


「いやマダム、済まない、考え直そう。カネに糸目はつけないから、クリスタが一番魅力的に、輝けるようなデザインにして欲しいんだ。俺はそういうセンスに欠けているから、マダムが頼りだ。どんな感じのものにすればいいだろうか、教えてくれないだろうか」


 それを聞いたマダムの顔が、ぱぁっと輝く。


「それでしたら! 是非ご提案致したいデザインがございますわ。当店を訪れるご令嬢は数いらっしゃれど、あれほどお磨きしがいのある素材はなかなかございませんもの」


「そう言ってくれて嬉しい。細かいところは専門家のマダムにお任せするとして、どういうイメージに仕上げるか、聞いてもいいだろうか?」


「そうですね。翡翠姫はお口を開かれるとちょっとアレでございますが、そのご容姿は清楚そのもの。残念ながらボンキュッボンではいらっしゃらないのですが、その分中性的で清涼な透明感のある印象を与えるお方かと。ですから……森の妖精のような感じでまとめるのがよろしいかと思いますわ」


 うん、いいじゃないか。森の妖精……クリスタの碧色した髪と、深い翡翠色の瞳に、ばっちり合ってる……気がする。このマダムもなかなかのものだ、ようは口が悪いだの、胸がないだのとズバズバ顧客をディスりつつ、実に納得できる提案をしてくる。エルザが贔屓にする訳も、わかってきたなあ。


「うん、いいと思う。そういうイメージでお願いするよ」


「では早速……」


 そう言いつつマダムがあれこれとデザイン画や布見本、エッジの仕上げ処理見本なんかを次々出して承認を求めてくるが、俺はもう何が何だかさっぱりわからない。ただ彼女のお勧めにうなずくだけのイエスマンと化してしまう。


「これなら、公爵家侯爵家のご令嬢からも、羨望のため息をつかれることでしょう。ただ、かなりお値段の張るものになってしまいますけれど……」


 マダムがその言葉とともにチラリと俺に上目遣いを送ってくる。そうか、ここがエルザの言う「甲斐性」を問われる時か。


「カネに糸目は付けないと言ったはずだが……いくらだ?」


「さすがはエルザ王妃様とお付き合いされていた殿方ですわね、剛腹でいらっしゃいます。この仕様で、二週間の特急仕立てですと……一千飛んで八十マルク、王妃様のご紹介ですので端数は切って、一千マルク丁度でいかがでしょうか?」


 うっと、一瞬息が詰まる。一マルクで安食堂ならランチが四回食えるこの国で千マルクと言ったら、田舎でつましく過ごせば一年暮らせる金額だ。服一着にそれってあり得ない……と考えてしまうのは、俺が庶民だからなんだろう。いやいやここは「甲斐性」を示す時だ。動揺を見せないように努力を払いつつ、俺は静かにうなずく。言葉にすると、思わず声が震えてしまいそうだったからな。


「ありがとうございます! 最高の品をお届け致しますわ!」


 ほくほくと満面の笑みを浮かべるマダム。その後あれこれ小物も買わされ、さらに百マルクほど……これはしばらく、頑張って稼がないとなあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして二週間後。特急仕上げでドレスが完成したという知らせを受けて、俺とクリスタは再びマダムの店を訪れた。


「お待ちいたしておりましたわ。針子を総動員して仕上げました、どうぞご覧ください」


 従業員がドレスを取りに、いそいそと奥に向かう。


「終わったら、『冒険者の酒場』へ行きましょうね!」


 クリスタは、あまりドレスの出来栄えに興味なさげで、次の予定のことばかり気にしている。それはそうだ、彼女の頭にあるのはほとんど生成りの、何の装飾もないシンプルな一品。実物なんか見なくても仕上がりが想像つくものでしかないのだから。そう、結局俺は、ドレスを豪華仕様に変えてしまったことを、クリスタに告げていないのだ。


 だけどこの様子を見ていると、本当にクリスタは、身を飾ることに何も関心がないのかも知れないという不安が、頭をよぎる。もしそうであったなら俺の勝手な変更は、彼女を失望させることになるのではないか。ここに来ても、まだうじうじ考えてしまう俺だ。


「さあ、ご覧ください翡翠姫様、いかがでしょう?」


「ふっ、ふわぁっ!」

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