第46話 その後2:オートクチュール
「ひゃあっ、こんな立派なところで仕立てて頂いたら、お高くついてしまいますっ! 私の服は、既成品で良いので……」
「いいんだ、俺が買ってやりたいんだから。それからなあクリスタ、吊るしのドレスで王室主催の夜会に出る貴族なんて、いないと思うぞ」
「うぐっ、確かに、そうなのですが……」
もっとも平民の俺は貴族社会の常識なんぞ、もちろん詳しいわけもない。エルザの入れ知恵メモに、わざわざ大きな文字で書いてあったことだ。
それにしてもエルザは、俺がクリスタに吊るしドレスを買っちゃうんじゃないかと、真面目に心配しているみたいだった。さすがにそれはねえわと思うが、確かに付き合ってた頃は、女の子目線で見たら微妙なプレゼントを買っては、エルザに呆れられていたっけ。
ここは、高級婦人服専門の仕立て屋だ。アロイスが呼びつけると言っていた王都一のところとは違うのだが、新進気鋭のマダムが仕切る、最近話題のオートクチュールなのだとか。
もちろん、俺がそんな気の利いたおしゃれ店を知っているわけもない。まあ当然、エルザのお勧めに乗っかっただけだ。人気店だけにオーダーを入れるのも半年待ちというような話だったが、王妃様の口利きってことで、ものすごくうやうやしく出迎えられたので、何か居心地が悪い。
「まあ、お可愛らしいですわ! 今日は噂の『翡翠姫』がいらっしゃるというので、どんな方なのか、楽しみにさせて頂いておりましたのよ。本当に神秘的な美しさで……特にその瞳と言ったら、まさに最高級の翡翠のようでございますわ」
「あ……ありがとう、ございます……」
マダムの賛辞は、上客への単なるゴマすりとは言えないだろう。その深い碧色の眼は、見慣れているはずの俺だって、じっと見ていると引き寄せられそうな、不思議で妖しい魅力がある。だが普段その容貌を褒められ慣れていないクリスタは、頬を紅く染めている。そんなところも、また可愛いんだけどな。
「それでは早速、翡翠姫様には奥で、採寸からいたしましょう。そしてデザインや素材のご希望をお伺いいたしとうございますわ」
マダムと女性従業員が、おたおたしているクリスタを、奥の部屋にささっと連れ去ってしまうと、俺はもう用無しだ。まあ、下着姿の採寸に立ち会うわけにはいかないし、ドレスのデザインなんか相談されても「適当にやっといてくれ」しか言えないからなあ。お邪魔虫はいつの間にか供されていた紅茶でもゆったり飲んで、時間をつぶすとしよう。女性が服のデザインを選ぶのに、何時間かかるかわかりはしないからな。
そういや、エルザの仕立てに一回付き合ったことがあったけど、あの時はひどかったな。なんだか細部のデザインやら生地の風合いやら、腰回りに指一本入るかどうかのサイズにこだわって、三時間も粘りやがったんだ。まあ、そうやって出来上がった真紅のドレスをまとったエルザは、まさに炎の女神かと思うほど魅力にあふれていて……しばらく見とれるしかなかったっけ。
そんなことを考えつつぼうっと二杯目の紅茶を空にしたころ、クリスタがなぜか疲れた表情で戻ってきた。意外なほど早いな、まだ三十分も、経ってないのに。
「あれ? もう終わったのか?」
「はい……一応は」
「一応?」
なにかクリスタから自らを美しく飾る高揚のようなものが、感じられない。むしろ早く片付けて帰りたい的な雰囲気が伝わってくる。何か、あったのかな?
「クララ、翡翠姫様に、リボンとコサージュをお見せしてちょうだい! それで、ウィルフリード様……いろいろと、ご相談致したいことがございます」
マダムが俺に向ける視線が、微妙だ。どうも、クリスタを遠ざけて話す必要があるみたいで……ロクな予感が、しない。
クリスタが女性従業員に別室へ案内されると、マダムがため息をつきながら、俺の向かいに座った。
「翡翠姫様は、なかなか難しいお客様ですわ」
「と、いうと?」
「お顔も髪も見とれてしまうほど美しく、お胸はともかく……ごほん、理想的なスレンダー体形でいらっしゃるというのに、ご自分を飾ることにあまりご興味がない様子なのです」
「そうなのか?」
いや、クリスタは俺が可愛いって褒めれば、ちゃんと喜ぶけどなあ。だったらもっと可愛くなりたいって、思わないのかな。
「デザインをいろいろ提案させていただいたのですが、とにかくシンプルで手のかからなそうなものをお選びになるのです。そして生地も、生成りに近いようなものがいいとおっしゃって……もちろんご本人のお好みは優先いたしたいのですが」
マダムの言いたいことは、わかる。わざわざ新進気鋭のデザインが売りのオートクチュールに、王妃様の紹介で今話題の美少女が来たのだ。当然店としては、最高の素材で、着る者を最高に輝かせるデザインで仕立てたいはず。そこに本人がそんなヤル気のないレスポンスをすれば、張り合いがないのは当たり前だ。
だけど……本当に彼女は、着飾ることに興味がないのか。いや……
「いえ、彼女はこういうことに慣れていないから、遠慮しているだけです」
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