第45話 その後1:招待状

「王宮から、招待状だって?」


「いったい、何でしょうね?」


 居候先のあるじ、商人アロイスから封筒を受け取った俺とクリスタは、顔を見合わせる。確かに、重厚な封蝋に刻まれた紋は王家のものに間違いない。


 こないだの国王暗殺を防いだ事件以来、何かとフリッツやエルザは俺たちに気を使ってくれているようなのだが、正直言って若干ありがた迷惑だ。


 俺はいわれのない誹謗中傷が無くなって、新しい仲間たちとわくわくする冒険者生活ができることに満足しているからな、むしろこの毎日を邪魔して欲しくないという感じが強い。


 一方クリスタは、自分がルーフェの司祭であることを忘れたかのように、いち冒険者になり切っている。小さな身体と一本の木棒だけで盾戦士のリーダーと並んで、俺たちを守る肉壁の役目を自らに課す彼女の姿は、とても愛しいが、心配でもある。


「大丈夫ですよっ! 私、冒険者ってこんなに楽しいなんて知らなかったですっ!」


「クリスタが楽しんでくれてるならいいけど……なんだか俺の趣味に付き合わせているみたいでさ」


「ええ、お付き合いしていますともっ! まあ私は、ウィルお兄さんが一緒にいてくれるなら、商人でも農夫でも、なんでもいいんですけどねっ!」


 なんだか、以前より懐かれてしまった気がする。クリスタの能力を忌避せず、ぬるっと受け入れた初めての人間である俺が、鳥が最初に見たものを母親だと思うみたいに、彼女の頭に刷り込まれちゃってるんだろうなあ。


「そんなことより、中を確認しませんとっ!」


 なぜか浮き浮きしているクリスタが、俺を急かす。封を開けて出てきたのは、趣味の良い色合いの、厚手紙の招待状。そして、女の手蹟としてはやたらと力感に溢れた、それでいて読みやすい、文官の書くような文字が並んでいる。


「これは、エルザの字だな。うん……これは、夜会の招待か?」


「まあっ、夜会ですか?」


 これはなかなか、意外だ。俺たち冒険者に一番縁のないイベントだからな。エルザは何を思って、俺たちを誘ったのだろう。


 ふと気づくと、封筒の中には招待状と別に、何かメモ書きのようなものが一枚。そこには二行ほどの走り書きが。


――― 口実を作ってあげたのだから、クリスタにドレスの一つくらい買ってあげなさい。それが男の甲斐性ってものよ。  エルザ ―――


 ああ、そういうことか。俺は慌てて紙片を封筒の中に押し込んで、クリスタの方を窺った。彼女は招待状の美麗な金の縁飾りに感心しているようで、メモに気付いた様子はない。ほっと一息をつく俺だった。 


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ほう、夜会へのご招待ですか! それでは、当方でとっておきの衣装を用意させていただきませんとな!」


「そうですね、司祭様のお支度は、こちらにお任せください! 伯爵や侯爵の令嬢も息を飲むような、優雅で可憐な装いにして見せますわ」


 国王主催の夜会と聞いて、アロイスさんも奥方もやや、はっちゃけ気味だ。アロイス一家はどうも、王室ブランドに弱いらしい。そもそもあんた達が行くわけじゃないだろ、なんでそんなに気合が入るんだよ。


「私はいつもの司祭服でよいのですが……」


「だめです!」「いけません!」


 夫妻に息の合ったダメ出しをされ、首をすくめるクリスタ。それにしてもクリスタは、年頃の娘だというのに、自分の身を飾ることに熱心ではない。自身に関心を集めることを避けているのか、それとも清貧を旨とする教会で十年も暮らしていたから、そういう世俗的な欲望を抑える癖がついてしまっているのか、どっちなんだろう。いつだか俺が市場でプレゼントした金糸銀糸細工のイヤリングはいつもつけていて、時々ほうっと息をつきながら眺めていたりするから、そういうのにまったく興味がないってことはないと思うんだけどな。


「私はクリスタお姉様がドレスを着たところが見たいです……だめでしょうか?」


「いや、あの……はい。ドレスにします」


 そんなクリスタも、アロイス夫妻の一人娘リアーネの可愛らしいおねだりに、ついに陥落したようだ。


「そうとなれば! 早速王都一の仕立て屋を呼びましょう! 司祭様のドレスと、ウィル殿の礼服を、最高の生地で誂えましょうぞ!」


「いや、俺のは貸し衣装でいいよ、どうせ今回限りだし。それから……クリスタのドレスは、俺が買ってあげたいんだ。最高級品とはいかないかもしれないけど……」


「えっ? えっ! ウィルお兄さんが、買ってくれるのですか? 私に?」


 はっちゃけ続けるアロイスを抑えて俺が思い切って吐いた言葉に、もの凄い勢いでクリスタが食いついてくる。いや、こんなに反応されるとは、思っていなかったんだが。


「俺の見立てじゃ、ダメかな? やっぱり、専門家を呼んだ方が……」


「いえっ! ぜひぜひ、お兄さんに買ってもらったドレスを着たいですっ! あ、でも……できるだけ、お財布に優しいものを選んで下さるとっ!」


 激しく食いついた割には、安物を選べとか謙虚なことを言うクリスタの姿が妙におかしくて、思わず笑ってしまう。その頬が桜色に染まっているのがすごく可愛くて、入れ知恵をしてくれたエルザに、ちょっとだけ感謝した。


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