第44話 第一部エピローグ ずっと一緒に

 あの国王暗殺未遂事件以降、世間が俺……「王妃の元カレ」を見る眼は、一気に暖かいものになった。


 もちろん国民を熱狂させたのは、国王の危機を救うため夜通し騎行した末に反乱兵のただなかに斬り込み、魔剣を操る裏切り騎士隊長を手ずから成敗した美しき王妃エルザの武勇と熱情であるのだが……今回はそれに、おまけがついたんだ。


 吟遊詩人たちがここんとこ毎晩酒場で唄っている叙事詩には、「燃える瞳の妃将軍エルザ」の目の覚めるような勇気や剣技と併せて、かならず「王妃の元カレと、可憐な翡翠姫」の献身的な働きが添えられるようになったんだ。まあ、さすがに今回の騒ぎを俺とクリスタ抜きで語ったら、わけわかんなくなっちゃうだろうからなあ。


 加えて国王フリッツと王妃エルザが、自分たちの過去の不道徳な行いを率直に告白するとともに、俺とクリスタが国の危機を救ったと称賛する布告を出したんだ。今更感はあるけど、国民人気を下げかねない思い切ったことをしたもんだよな。そこには同時に、巷間に出回っていた俺をディスる俗説をはっきり否定する文言が添えられ、俺の名誉を不当に傷つける者には厳罰を与える旨が明記された。


 どうやらあいつらは俺が「王妃の元カレ」としてここ二年の間謂われのない誹謗中傷を受け続け、冒険者としての稼業にも支障が出ていたことを、今頃になってようやく知ったみたいなんだ。俺が意識不明で何日か転がっていた間に、クリスタの口からな。なんだかなあって言うか……


 二人の受けた衝撃はかなりのものだったようで、フリッツなんか真っ青になって俺に頭を下げて……それを取り返すかのように「王妃の元カレ」の社会的ステータスを上げることを、がんばったというわけだ。あくまで彼らなりの方法で、ということなんだけどな。


 エルザとクリスタの間にも何やら濃いやりとりがあったみたいなんだけど、そのへんクリスタに聞いても「うふふっ! 内緒ですよっ!」と弾むアルトが返ってくるだけで、教えてもらえない。女二人で結託して何か企んでいる雰囲気を感じるけど……クリスタが幸せなら、どうでもいいか。


 そして、俺を一方的に貶めるというセコい手段で王室の体面を守ろうとした佞臣たちには、どうやら天罰が下ったらしい。ようやくだけど親しかったはずの部下にネズミや蛇がいることに今頃気づいたフリッツの命令で側近たちの行動を内密に調査したら、誹謗中傷を創作拡散させていた連中は漏れなく汚職に手を染め、小遣いの代わりに無能な奴らに要職をあっせんしたり、機密を売ったりしていたことが判明したんだ。フリッツはこの件についても事実を包み隠さず公表して己の不明を恥じる直々の勅令を出し、汚職者には追放、機密漏洩をやらかしてた奴には生涯幽閉の沙汰が下った。


 王宮が行ったこれらの処置に対し、貴族たちの評判は悪かったらしいが、意外なことに平民からは強く支持された。歴代の国王たちは、自分の誤りを認めて自ら正すなんてことをやってこなかったから、民にとっては清新な思いがあったのだろうな。そもそも寝取りが発端なんだから、褒められるほどのことでもないと思うのだが……国がそれで安定するなら、あえて言いたいことはない。


 そんなこんなで、今はギルドに足を向けても、「冒険者の酒場」にクリスタと飲みに行っても、白い眼を向けられたり、蔑みの言葉を浴びせられたりすることはなくなった。というよりむしろ、酒をおごられたり、パーティに誘われたりすることが、やたらと多いんだ。


 そんなわけで、俺とクリスタは何度も相談して、結局騒ぎの前から熱心に誘いを受けていた気のいい幼馴染萌えのおっさん、マリウスが率いる三人パーティーと組んで、こうやって高難度の迷宮に挑んでいるというわけなのさ。


「うぉっ、こいつはすげえお宝だぜ!」


 仕留めたアルトフェンリルを手際良く解体していたリーダーのマリウスが、喜びの声をあげる。裂いた腹から出てきたのは、栗の実ほどの大きさで透明度の高い、一目見て最上級グレードとわかるサファイアが十数個。いくら魔物がヒカリモノ好きとはいえ、ずいぶんため込んでいたものだなあ。


「うわぁっ……これだけあったら、一年は遊んで暮らせるわね」


 女魔法使いアデリナの発想は、俺とよく似てる。


「僕は、きちんと貯めておくよ。将来のためにね」


 戦士ユリアンは面白くもない答えを返すが、「将来」と口にしたところでまた意味ありげにアデリナと視線を絡ませる。ええい、やっぱりもげてしまえ。


 盛り上がる三人を横目に、俺とクリスタは少し離れたところに腰を下ろす。


「みんな嬉しそうで、良かったですねっ!」


「うん。クリスタは……ああ、聖職者だからカネには興味ないか」


 彼女は冒険者としての稼ぎを全額俺に渡して、時折わずかな小遣いをねだるだけの立場に甘んじている。


「えっ? そんなことはないですよっ! 人を救うにも教えを広めるにもおカネが必要ですからねっ!」


「冒険者は、とにかくカネが必要なんだよ。多くは三十歳くらいで体力が続かなくなって、引退しちゃうからね。だからそれまでに一財産作らないといけないわけで、気楽そうな稼業だけど結構大変なんだよな」


「……そうですか、三十歳で引退ですか……あと六年ですね。その頃、私は二十一……むふふっ」


 なにか黒いつぶやきが聞こえた気もするが、そこには敢えて突っ込まないことにしよう。代わりに問う。


「なあ、クリスタ。ここんとこの働きを見てたら、クリスタは冒険者に混じっても一流の働きができる。それはわかったんだけど……クリスタは、本当は聖職者で、しかもお貴族様だろ? 本当にやりたいことって、他になかったのか?」


「やりたいことですかっ? お兄さんのそばにいることですねっ!」


「それは『やりたいこと』じゃないだろ。何か、俺のやりたいことに、クリスタを無理に付き合わせちゃってるみたいでさ……」


「お兄さんは、私がいない方が、いいのですか……?」


 翡翠の瞳が心細そうな色をたたえて、上目遣いで俺を見上げる。ああ、これはいつもの反則技だ、かなうわけがない。


「あ、いや、そうじゃないんだ、クリスタはめちゃくちゃ可愛い。それに、そばにいてくれるだけで、とても生きていくのが楽しい。無理してるんじゃなかったら……ずっと、一緒にいて欲しい」


 なんか口説いてるみたいな台詞を吐いてる自覚はあるけど、恋人とかそんなのになってくれって言ってるわけじゃないぞ。あくまで妹分として、だからな。


 自分の心に微妙な嘘をついてる気がするけど、クリスタが可愛いくてそばに置きたいってとこだけは、ばりばりの本音だ。どうせ、心の「表層」は、クリスタにダダ漏れなんだしな。


「あっ……もちろんですよっ! 喜んでご一緒しますっ!」


 色白の頬をぽうっと紅く染めて、碧い瞳が生き生きと輝く。少し傾げた首の動きに合わせて、碧色の髪がさらっと流れる。うん、こんな可愛い生き物を手放すことは、できないよな。これまですべての場所から追われてきたクリスタが、自分の「居場所」を求めているだけなんだとしても……俺がその「居場所」になれるならば、それでいい。


「お~い、そこの二人! 告白タイムはそのくらいにして、次行くぞ!」


 リーダーの大声で我に返る俺達。しまった、つい二人の世界を作っていたようだ。アデリナとユリアンが生暖かい目でこっちを見ている。俺とクリスタは、耳まで赤くなった。



◆◆作者より◆◆

第一部メインシナリオ終了です。このあと六話ほど、後日談の小話を投稿させていただき、一旦完結扱いに致したいと思います。続きを書く構想はございます。

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