第42話 姉妹になれた?
いや、しまった。さすがに、これだけ好き勝手に触りまくったら、起こしてしまうか。
「おはよう、クリスタ」
「えっ、あっ、ええっ? なっ、なんでっ?」
目の前にあるクリスタの頬が、見る間に紅に染まる。
「いえっ、でもっ、あのっ、いや……決していやだったわけじゃなくてですねっ! そのっ、こうなったことはとても嬉しいんですけどもっ、肝心のところを何も覚えていないのですっ! 残念というか不覚というか……」
完全にテンパってるな。何か盛大な勘違いに基づいているみたいだけど、わたわた慌てるクリスタが可愛くて、思わず笑ってしまった。
「ひどいですっ! 乙女の純情を笑うなんてっ!」
クリスタの想像通りのことが起こっていたら、もう乙女とは言えないはずだけどな……という突っ込みが頭に浮かんだが、さすがに品が無いので言わないことにする。
「ごめんごめん。俺は何もしてないぞ、髪をなでた他にはね」
「えぇっ!
一体、ルーフェの教会ってやつは、聖職者候補にどういう教育を施してるんだ。実にけしからん。余計に笑いがこみあげてくる。
「いやいや、
あえて「仔犬みたいに」可愛いとは言わなかった。叱られそうだからな。
「えっ、ぐっ、可愛い……ですかっ? そ、それはっ……」
また耳まで紅く染まったクリスタ。実に面白いが、とりあえず誤解は早く解いておこう。
「昨日クリスタがここで寝ちゃったから、エルザが俺の隣に寝かせたんだぜ? で、俺は昨日まで何日も意識を失ってぶっ倒れてた重傷者だし、ナニかできるわけ、ないだろ?」
「あっ、そう言われれば、なるほどそうかも知れませんがっ……」
着衣がそのままなのを確認したり、さんざんキョドったあげく、クリスタの頬がだんだん落ち着いた色になってくる。
「そ、そうでしたか……うん、ほっとしたことはしたのですがっ、それはそれで何か残念なような……本当に、ナニもしてない、ですよねっ?」
なんだか、ずいぶん疑われてるじゃないか。これは、あれをやるしか、ないかな。
「じゃあ、『覗いて』いいぞ?」
「えっ! あっ、それはあまりに申し訳なく……でもっ、ああっ! う~ん……お願いしても、いいですかっ!」
何言ってんだかわからないけど、もう俺は覚悟を決めてクリスタの翡翠の瞳を見つめた。クリスタはちょっとだけ逡巡したけどやっぱり知りたいのだろう、真っ直ぐ視線を合わせて……
「納得です。お兄さんの言うとおりだったのですね。安心したような、ちょっとがっかりしたような……」
さっきはあれほどテンパってたのに、よくわからん娘だ。それともナニかあったほうが、よかったんだろうか。
「だから、言ったろ……」
「でもっ、ウィルお兄さんが私にドキドキしちゃったのもわかって、嬉しいですよっ!」
ああ、食いつくのはそこなのか。まあ、そこだけ記憶を隠すわけにも、行かなかったからなあ。
「まあ、ちょっとな。若い娘の匂いってのは、男を狼にしちゃうんだぜ、気を付けないとな」
兄貴モードに戻ってちょっとカッコつける俺。だけど……
「あっ! ということは私、もしかしてっ、いや……もしかしなくても、臭かったってことですよねっ!! ああ、人生最大の不覚ですっ!」
いやいや、臭いとか言ってないから、いい匂いだったから。
「こんなことになるのだったら、湯浴みをしておくのでした……」
そうか、クリスタはここ五~六日、俺に付きっきりでろくに寝てないと言ってた……ってことは、湯浴みもしてないってことだろうな。
「いい香り……だったけどな? あの時だけは、ちょっと我慢するのが大変だった」
俺が正直に答えると、クリスタがまた耳から首まで、ボンと真紅に染まる。紅くなったり白くなったり、面白い娘だよな。でも、いじめるのはこの辺にしておこう。
「まだ、起きるには早いよな……」
「そうですねっ! ではっ……もう少しこのまま、なでていて頂けませんかっ?」
望むところだ。クリスタの髪を手櫛でもてあそんでいるうちに、俺もいつしか二度寝してしまうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あなた達! いつまで寝てるの、そろそろ起きなさい!」
凛々しいメゾソプラノに眠りを破られてぼんやりと眼を開けると、そこにはかつて見慣れた、真紅の瞳があった。
「ああ……おはよう」
「ひゃっ! おはようございましゅ、エルザお姉しゃま……」
やや噛み気味であわてるクリスタも、なかなか可愛い。
「クリスタ、昨夜はちゃんと『姉妹』になれたかしら?」
「わぷっ、そ、そのお話はここではっ……」
クリスタがまた、わたわたと慌てだす。いや、その話、俺知ってるから。
「ふふっ、冗談よ。今のウィルにそんな体力無いわ。ウィル、まずは食べなさいな」
病人扱いの俺に、麦粥の皿を差し出すエルザ。ああ、はやくヴルストをかじりながらエールを飲みたいわ。
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