第41話 クリスタと同衾?

「ひどいもんだったわよ。腕の他にも、肋骨と鎖骨が折れて、肋骨が肺を傷付けていたし、多分内臓もイカれていたわ。治癒魔法使いがくるのがもうちょっと遅れたら、その場で死んでいたんじゃないかな」


「確かに、強烈に痛めつけられたからな。うん……骨折や外傷は、ほぼ治してもらっているみたいだ。さすが王宮付きの治癒魔術師は、格が違うなあ」


「負傷よりも、魔力切れのほうが、影響大きかったみたいね。怪我を治癒してもまったく目覚めないんだもの。体力限界だったのに、魔法打ちまくらせちゃったし、ね……」


「限界はエルザも同じだったろ。一晩馬で駆けた後にあれだけの剣が振るえるのは、さすがエルザだな。昔より、体力がついているんじゃないか?」


「そうね。少し体に脂肪がついたから、速度はちょっと落ちたかもしれないけど、持久力は増したかもね。こら、その視線は何?」


 脂肪が少し……というところで、思わず胸のあたりを見てしまったんだが、やっぱり女ってのは、視線に敏感なんだな。


「すまん、つい……あれ?」


 俺の右腕が急に重くなった。見ると、クリスタが俺の腕を抱え込んだまま、眠りの精霊に身をゆだねていた。


「ああ、やっと寝たわね」


「やっと……って?」


「クリスタはあの日からろくに眠ってないのよ。私が見てるからと言って寝かせても、二時間もしないうちに戻ってくるの。どうせ眠れないからウィルを見てた方がいいんだって……本当に、愛されてるわね」


「愛され……って、そんなんじゃねえよ。そりゃあクリスタは可愛いけど、妹みたいなもんで……」


「クリスタのほうは、そう思っていないわよ。ウィルがいくら鈍くったって、もう気付いてるでしょ?」


「あのくらいの歳の子ってのは、そういうとこに憧れるもんだろ。そのうち醒めるよ」


「あのね、女の子の十五歳は、もう大人なのよ。そしてクリスタは、もう決めてるわ」


「決めてる……って、何を?」


「ウィルのお嫁さんになることよ」


「うぐっ……」


 う~む、これは、重い……


「というわけでね、私とクリスタは『姉妹』になる約束をしたの」


「なんで、『親友』とかじゃなく、『姉妹』なんだ?」


「ふふふっ。ほら、ウィルとフリッツみたいな関係を、市井の下世話な言葉では『兄弟』って言うじゃない、だから……」


「おい、こら! クリスタにそんな品のないことを教えたのか! 王妃のくせに!」


「ごめんごめん、教えたのは私だけど……そしたらクリスタがノリノリでね、『なら私達、姉妹になりましょうっ!』って、迫ってくるんだもん」


「うぐぐ……」


 ふと、右腕がさらに重くなる。


「あら、本格的にベッドに寝かさないとダメね。寝室まで運ぶと起きちゃいそうだから。ウィル、痛いかも知れないけどちょっと横にずれて……はい、そこでいいわよ」


 エルザが軽々とクリスタを抱き上げ、俺の隣に寝かせる。


「いや、この状態は何かとマズいだろ。俺はソファの方に行くよ」


「だ~め。ウィルはまだ十分重傷者なの、動いちゃだめよ。いいじゃない、遠からず毎晩一緒のベッドに寝ることになるんだから、ね」


 不気味な予言を残して、部屋を出ていくエルザ。ソファに移動しようにも、まだ身体がうまく動かない。あきらめて、右腕に伝わるクリスタの心地よい温もりを感じているうちに、俺もほどなくしてまた眠りに落ちた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 鳥の声が朝を告げる頃、俺は目覚めた。


 昨日はまだ頭にモヤがかかったような気分だったけど、今はすごくすっきりしている。昨日はろくに身体を動かせなかったけど、今日はいけそうだ。よし……あれ? 動けないぞ……?


 俺の右半身に、クリスタが抱きついて……というよりしがみついて、すうすうと規則正しい寝息を立てている。俺のせいで溜まってしまった睡眠不足を、一気に取り返している最中らしい。クリスタの右腕が俺の胸に、右脚が俺の腹に回ってがっちりホールドされていて、身動きが取れない。暖かい息が俺の肩から首筋にかけて柔らかくかかって、くすぐったいような気持ちいいような。


「ふっ、む~ん……」


 何の夢を見ているのかクリスタが身体を動かし、さらにしがみついてくる。その拍子にふぅっと若い娘の香りが俺の鼻孔を刺激した。


 ああ、これはだめなやつだ……さすがに、クリスタのすべすべした二の腕とか、すっきり細い大腿とか、ささやかな存在だけど俺の腕にぎゅっと押し付けられてる柔らかいけど弾力を感じさせるものとかを、一気に意識してしまう。いかんいかん、クリスタはそういう存在では……ないはずだ。


 俺はゆっくり深呼吸する。そうだ、クリスタは俺の妹みたいなもんなんだ。ほら見てみろ、まるで仔犬みたいに愛らしいじゃないか。自分に暗示をかけるように頭の中で何度もつぶやいて、もう一度クリスタの方をみれば、そこには油断しきっている碧い毛並みの仔犬……のようなクリスタがいる。うん、危うくお兄さんは狼になるところだったけどもう落ち着いた、大丈夫だよ。


 あまりに可愛いので、つい空いている左手を伸ばして、その碧い髪をなでなでしてしまう。うん、これは気持ちいい。しなやかでコシがあって、俺の無骨な手櫛でも、何の抵抗もなくさらっと流れていく。癖になりそうだな。


「ふぅう……っ?」


 いい気になってなで続けていたら、クリスタの眼がゆっくりと開いた。

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