第38話 フリッツを守れ

「閲兵式が丁度始まるころよ! 急いで!」


 言われなくても、これで目一杯急いでいる。


「通るわよっ!」


 エルザが叫べば、衛兵がはじかれたように道を開ける。すでにエルザは王国軍においては将校から下級兵士に至るまで、軍神か戦乙女……ワルキューレでもあるかのように崇められているからな。


 俺達は乗馬のまま門を駆け抜け、金髪紅眼の凛々しいワルキューレに必死でついていく。中心街に近づくと閲兵式のパレードを観ようという市民があふれ、騎馬では進めなくなったエルザは馬から飛び降り、疲れも見せず走る。


「お願い、道を開けてっ!」


 エルザが呼ばわれば、不思議なほど素直に人波が割れていく。勇ましき戦女神にして美しき王妃であるエリザーベトを知らぬ王都市民はいない。皆あわてて道を開けつつも、風になびき陽光に輝く金髪を、うっとり見つめている。俺とクリスタは供回りの者でもあるかのように、エルザの後方をひたすら走った。


 そして、ようやく……


 国王の座する閲兵席では、すでに騒ぎが起こっていた。一般兵に身をやつした襲撃者が三十名ほど、国王フリッツと高官達を取り囲んでいる。


 高官達の中で、戦えそうなのはフリッツ自身と、「闇精霊の剣」と呼ばれ名高い魔剣を構える、騎士隊長くらいだ。包囲している側の将校が、しきりに降伏を呼び掛けているが、フリッツは応じていない。いいぞ、ギリギリだけど、間に合った。


 俺はまずエルザに「神速」と「剛力」を掛け、続いてクリスタには「神速」「電撃」を付与する。自分にバフを掛けている暇がなかったが、ここは包囲網を切り開く方が先だ。


 まさに戦乙女ワルキューレと見まごうような動きでエルザが二人をたちまち切り伏せ、運命の女神ノルンの如き碧い髪のクリスタが遅れて一人を叩き伏せ麻痺させる。革命家を気取っているだろう襲撃者達の壁が大きく割れて、二人はその中に飛び込んだ。戦う能力のない文官達を、フリッツと騎士隊長を含め四人で囲み守る体勢が、あっという間にできる。


「エルザ! 来てくれたか!」


 フリッツがその貌を輝かせ、歓喜の声を上げる。


「フリッツを、一人で死なせるわけにはいかないわ!」


 応えるエルザの声にも、紅の瞳にも活力があふれている。やっぱりフリッツが何より大事なんだろうな……まあ、ちょっと妬けるな。


 次の瞬間にはエルザがまた二人を切り伏せ、クリスタが二人の攻撃を跳ね返す。騎士隊長と対峙している相手はなかなかの敵手で、攻防は膠着しているようだ。フリッツの方は、もともと攻撃タイプの戦士ではないからな……防ぐことは問題ないが敵を減らす役目は期待できない。あいつは盾を持たせた時に、本領を発揮する「壁」なんだから。


 俺は出来るだけ短い詠唱でフリッツに「堅守」を付与すると、輪の中に飛び込む。俺自身は何も強化が掛かってないヤバい状態だが、そんなことは言っていられない。俺たち支援魔法使いの役目は、まずパーティの仲間を助け、守ることなんだから。


 雑魚兵士たちの攻撃を何とか躱しつつ、クリスタとエルザにも「堅守」を掛けてから、ようやく自身にも「神速」を施す……くそっ、ちょっと魔力を一気に使い過ぎて、目まいがする。が、これでもう大丈夫なはずだ。こういう態勢をつくってやれば並の兵隊が数十人来たって、俺達が適当に守っている間に、エルザがみんな片づけてくれるはずだ。


 期待通り、確かにエルザは強かった。紅く妖しい光を放つ宝剣の力もあわせ、俺と組んでいた頃より、さらにその凄みは増している。一歩踏み出すたびに、敵が一人、二人とその数を減らしていく。やがてエルザの前面の包囲は、完全に崩れた。


「さあ、みんなこっちに!」


 金髪のワルキューレが導くのに従ってとっとと逃げようとした俺達の眼に、その時信じられない光景が映った。


 先ほどまで強敵と対峙していたはずの騎士隊長がやおら振り向いて、自慢の魔剣「闇精霊の剣」を、彼が守っていたはずのフリッツに向け振りかぶったのだ。エルザも、あまりの急展開に、動けないでいる。ヤバい、俺も間に合わない。


 その時、一筋の青白い光が騎士隊長を襲った。騎士隊長は魔剣でそれを弾き飛ばすが、何かしびれた様子でしばらく動きが止まる。弾き飛ばされた光は……俺が「電撃」を付与した、クリスタの木棒だ。いち早く騎士隊長の行動に気付いたクリスタが、とっさの判断で棒を投げつけたのだ。


 この、一瞬だけ出来た隙を見逃さず、エルザはフリッツと騎士隊長の間に割って入り、「闇精霊の剣」を、「エッシェンバッハの宝剣」で受け止め、押し返した。


「何をする騎士隊長!」


「知れたこと。奸婦に骨抜き言いなりにされ、国を損なう愚昧な王を誅殺するのだ」


「奸婦だと? それはいったい誰のことだ?」


 エルザの紅い瞳が、怒りに燃える。宝剣の赤いオーラも、主の怒りに呼応するかのように、より強く光り輝く。

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