第36話 戦闘

 俺はまずクリスタの木棒に「電撃」の魔法を付与する。呪文詠唱の間どうしても無防備になってしまう俺自身を、守ってもらわないといけないからな。


 その後はエルザに「神速」「剛力」「堅守」を立て続けに最高強度で掛けていく。


 支援魔法に慣れていない戦士にいきなり強化魔法を掛けたりすると、武器の重さが感じられなくなったりしていろいろ調子が狂うことが多い。だから普通は控えめに施すわけなのだが、エルザだったら俺の強化魔法に慣熟しているはず、遠慮なく目一杯掛けても大丈夫なはずだよな。


「んんっ! やっぱりウィルの強化魔法は最高だわね、この感覚……忘れてたわ!」


 そんな感想を漏らしている間にも、すでに一体のフェンリルと二体のゴブリンを斬り伏せているエルザ。彼女が暴れて安全地帯を広げてくれたところで、クリスタに「神速」と「堅守」を追加付与する、これで戦線がぐっと安定するはずだ。


 俺自身を強化する順番は最後だ、「神速」だけ使って剣を抜く。だけど俺がゴブリンを二体ほど斬り倒す間に、周りにいたその他のザコを、みんなクリスタが棒術で叩きのめしていた。華奢な身体からは想像できないけど、実に頼りになる娘だよな。


 だが……戦いに臨んだエルザの輝きは、やはりそれとはケタが違った。


 わずかな間に巨大なフェンリルを五体ほども屠り、ゴブリンに至っては十数体薙ぎ払っている。その手にする剣は俺と組んでいた頃に使っていたものとは一新されていて、剣の軌跡に沿って紅いオーラがあとを引く、稀にみる業物だ。おそらく「エッシェンバッハの宝剣」と呼ばれている王家秘蔵の魔剣が、当代の英雄たるエルザの佩くところとなったのだろう。


 彼女が斬撃を送るたびに軽くウェーブした金髪が優雅になびき、その紅い……剣がまとう気と同じ色の瞳が妖しく輝く。まるで剣舞を観ているかのような優美な動きに、思わず戦闘中であることを忘れて見入ってしまいそうになる。


「王妃様、後ろにオーガがっ!」


 クリスタの警告でエルザが横っ飛びに避けたちょうどその場所に、食人鬼の巨大な棍棒が打ち下ろされる。地面が大きくえぐられ、オーガは小癪な獲物を逃がした悔しさに咆哮を上げる。


「油断したわ。魔物のくせに気配を消して背後に回るとはやるじゃない。だけど、私の敵ではないわ!」


 オーガは身長六エレほどもあり、人族女性のちょうど二倍くらいだ。まともに攻撃したら、人間の体格では致命傷を与えることはできないが……エルザは口元に微笑みを浮かべると、身体を思い切り沈め、地面すれすれのところで宝剣を一閃する。


 驚いたことにその一颯で、丸太ほどもあるオーガの足首が、両断されていた。さすがは、ノイエバイエルンの国宝たる魔剣だ。一本足となって平衡を失い倒れたオーガの首筋が、エルザの一撃で断ち切られ、決着はついた。


 他のオーガには、俺が速度低下のデバフ魔法を掛けて時間を稼ぐ。そうやって一対一の状況を作ってやりさえすれば、支援魔法で強化されたエルザが魔物如きに遅れをとるはずはない。相手が、伝説の古代竜でもなかったら、な。


 そして数分後……強敵たるオーガとフェンリルはすべて地に沈んだ。十体に足りぬゴブリンがなおしぶとく抵抗を続けているが、これはわざと殺さなかったんだ。


 俺がクリスタに目くばせを送ると、彼女は馬車の車軸に……正確に言うと車軸の先端に取り付けられた魔道具に、アイゼンバウムの木棒を思いっきり叩きつけた。魔物が執着していたであろうその小さな機械は、一撃でぺしゃんこに潰れた。


 魔道具が失われるや、ゴブリンどもは予想通り執拗な抵抗をやめ、一目散に逃げ出した。冒険者たちに商隊を任せ、俺達三人はゴブリンを追う。こいつらは頭が悪いから、負け確定状況になれば、自分のご主人様のところに真っ直ぐ逃げ帰る……つまりは、俺達の目的地に「ご案内」してくれるはずだから。


 期待に背かず、ゴブリンどもを五分ばかり追跡した先には、魔物使いらしき男と、いかにも兵士が化けてますと言った風情の、にわか冒険者が五名ほど、間抜け面をさらしていた。


「さあ皆さん、おとなしく降伏してもらえるかしら?」


 エルザの忠告に対して、無謀にも彼らは抜剣の音で応えた。そして……エルザに斬られた者が四人、クリスタの棒術で殴られ気絶した者が一人。残る魔物使いは近接戦闘の心得はないらしく、さすがにおとなしく捕まってくれた。


「上役の魔剣士ってのが、いないな?」


「そうね、気になるわ……あまり気乗りしないでしょうけど、またクリスタさんにお願いすることになっちゃうわね」


「お任せをっ!」


 気にした風情もなく、クリスタは怯える魔物使いの正面に回り、


「さあ……素直に言うこと聞いてくれたら、怖いことはしませんからね……私の眼を見てくださいね……」


 また、怖い「あれ」を始めたのだった。


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