第35話 襲撃

 ニュルンベルクから王都シュツットガルトへの道程は、概ね見通しの良い平地を進む。積荷満載の馬車は歩みが遅く、数十台がテンポを合わせて進むため、しごくのんびりした旅だ。魔物の襲撃があると、わかっていなければの話だが。


 周囲はほとんど見通しの良いライ麦畑だったり、じゃがいも畑だったり、牧草地だったり……物を隠しておくのには不向きだ。敵が襲ってくるであろう日は、魔石の寿命を考えるとおそらく今日。この速度で夕方までに進める道筋で、魔物が襲うに適した大きな森は二箇所ばかり……そこを重点的に警戒することになるだろう。


 商隊を護衛する冒険者は、俺達も入れて二十人。あまり少なければ囮かと疑われるし、多ければ襲ってこない可能性もある……アロイスと考え抜いた人数だ。元正規軍の将校だったという四十歳くらいの男が、指揮官を務める。もちろん身分からいえば、エルザが指揮をとるべきなんだろうけど……俺達三人は、あくまで遊撃として自由に動けないといけないからな。


 エルザは栗毛の馬にまたがり、紅い上衣に黒のボトム、魔銀の胸当てと手甲……若い女剣士のいで立ちとしては突飛なものではないが、あふれるオーラというか自信というか……そういうポジティヴな雰囲気で、やたらと目立ちまくっている。う~ん、もう少し地味な恰好をさせるべきだったか。まあ、こんな商隊の護衛のイチ隊員を、王妃だと気づくやつは、いないんだけどさ。


 やわらかくなびく金髪が陽光を反射して輝き、紅い瞳も同じくらい強い光を放っている。その表情はリラックスしているけど、口元がキリっと引き締まり、凛とした風情は、商隊の者達を魅了する。いや……俺が一番魅了されているかな。


 そしてエルザの乗馬姿は、本当に美しい。クリスタもきれいな乗馬姿勢だが、エルザは一回り大きい体格……胸も含めてだが……に、すっと伸びる長い脚、きゅっと引き締まった筋肉質のヒップ、決して頭が揺れない安定した上体姿勢……やっぱり、見とれてしまう。そういえば、一緒に旅をしていた時も、いつもエルザの後方から、彼女の騎乗を、飽かず眺めていたっけ……


 ふと視線を感じて横を見ると、そこには翡翠色のジト目があった。


「そうですよね~。あんなにお綺麗なんですもの、健康な殿方たるお兄さんも、見とれてしまいますよね、仕方ないですよね~」


 やばい、つい……ガン見しすぎたか。いつものように弾んでいないクリスタのアルトは、かなり怖い。


「いや、あの……見てたのは確かだけど、別にやましい気持ちはないから……」


 何でクリスタに対して言い訳しないといけないんだろう……デキてるわけでもないのに。とか言ったら「デキてもいいんですよっ」とか返って来そうで怖いんだけどな。


「ええ、わかってますとも。わかっては……いるんですがっ! つい、モヤモヤっと……」


 まあ、俺の考えていることの「表層」はクリスタにダダ漏れみたいだから、ウソついてないことだけは、理解してもらってるみたいなんだけどなあ。


 紅くなったり白くなったりしてわたわたするクリスタをしばらく眺めて楽しむ。年頃の少女というのは、何かと難しいが……可愛い。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 一つ目の森は何事もなく過ぎ、陽が傾いた頃、二つ目の森に差し掛かる。敵が来るなら、ここだ。もう今日の宿場まであとわずかで、明らかに護衛の連中は、緊張を緩めている。ここで注意喚起したら挙動不審になってしまう奴が出そうなので、隊長だけに耳打ちするにとどめる。きっとベテランの力で、適度に気の緩みを直してくれるだろう。


「そろそろ、かしらね」


「そうだな。今んとこ何も感じられないが、俺の索敵は、当てにならないからなあ。一番感度高そうなのはクリスタだけど……」


 そのクリスタは眉を寄せて、難しい顔をしている。


「何か来る気配はありますけど……森の樹が濃すぎて、眼では確認できないですね……」


「気配の方向はわかるのか?」


「それが……左右どっちからも感じるので……」


 それを聞いたエルザが、眼を険しくする。


「それは、すでに挟撃体制を作られてしまっているということじゃないかしら?」


 ほどなく、隊列の前で騒ぎが起こる。魔物が出たようだ。


「あらかじめ決めていた通り動け! 非戦闘員は前寄りの馬車を放棄して後方へ!」


 隊長はさすがに落ち着いたもので、大音声で指示を出す。そう……例の魔道具がつけられた馬車は、こういう時わかりやすいように、前から二両目に配置しておいたからね。


 俺達はその二両目に向かって急ぐ。そこにはすでに魔物があらゆる方向から殺到していた。見える範囲にフェンリルが二十体ほど、ゴブリンが数十体と数え切れず……そして、最悪なことに食人鬼……オーガも複数いる。


「もう、やるしかないわね! ウィルお願い!」


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