第32話 ニュルンベルグへ

「ニュルンベルクから王都へ向かって大規模商隊を出すと? それと魔物騒ぎに、何か関係があるのですかな?」


 俺の唐突な提案に、アロイスが首をかしげている。


「敵の狙いは、王都への商流を止めることだ。アロイス商会が王都のモノ不足に乗じ、大儲けを狙って今までにない規模の大商隊を送る、と喧伝すれば、必ず王都への途中で狙ってくるさ。残念ながら敵がどこにいるかわからない以上、エサを撒いてやらないといけないというわけだな」


「おおっ! 我らの商隊が、王国の敵を葬るための寄せ餌となるわけですな! なるほど、それであればこのアロイス、全力を上げて最大級の商隊を組みますぞ!」


「いや、ダミーでいいのだが」


「それはいけません。ケチってダミーの商隊をこさえても、実際にモノとカネが流れないと、わかる者には擬態だとわかってしまいます。王宮御用達を命じられたからには、国のお役に立つこの機会を逃すわけには参りませんな」


 クリスタが勝ち取った「王宮御用達」の魅力は、アロイスにとって大博打を打つに値するほど大きかったらしい。あとでまた何かご褒美を買ってやらないといかんなあ。


「ありがたいけど、あまり無理しないで欲しいんだよね……」


「いえねこの件、実は大儲けのチャンスなのですよ。ここのところ大きな商隊が複数潰滅しておりますので、王都の物価がかなり上がってきているのです。ここで大量の物資を運び込むことに成功すれば、まさに千金を得られるというわけなのですよ。国のためにもなり我が商会の儲けにもなるという一挙両得、これを逃すわけにはいきません。それに、ウィル殿や司祭様に加え、かの妃将軍エルザ様が我が商隊を、お守りくださるというではありませんか! これは一生の誉れというものですぞ!」


 アロイスが実利のことも考えて引き受けてくれたのはわかったんだが……この人、意外とミーハーだったんだな。「王室ブランド」にこんなに弱いとは。


「ありがとう。では俺達はエルザと一緒に、ニュルンベルクに先行することにするよ、委細は向こうで相談しようか」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ニュルンベルクは商工業共に盛んで、後背には広い農業地帯を抱える、実に豊かな都市だ。エルザも加えた俺達三人が騎馬で着いた頃には、すでにアロイスが手を回し仲間の商人とシンジケートを組んで、荷馬車八十台の大キャラバンを立てる話が、すっかり出来上がっていた。


「さすがですねっ! アロイスさんは『デキる男』ですっ!」


 クリスタが今日も弾むアルトで彼を賞賛すれば、


「そうね、こんな手際の良い商人なら、王室御用達にしたのはやっぱり正解だったわね~」


 エルザも素直にうなずいている。さらっと流れる純金の髪に、眼を奪われる俺だ。


「本当だな。これだけの大商隊なら敵が狙ってくるのは確実だろうが……守るのが大変そうだな」


「まずはどうするつもり?」


 昔からエルザは、こういう時の作戦は俺に丸投げだ。


「使う馬車を見張る。必ずあの魔道具を付けに来るはずだから、そいつを捕らえる」


「いいわ。そうなると夜は、寝ずの見張りが必要ね。そこは私とウィルが交代でやるわ」


「え~っ! 王妃様に見張らせて私が休んでるなんて、出来ませんっ!」


 クリスタが頬に血色を上らせて抗議するが、


「いいえ、司祭様……いえ、クリスタさん。私達が曲者を捕らえた後に、貴女には大事な役目があるのよ、それまで英気を養いなさい」


 エルザが凛々しくも紅い瞳をクリスタに向け、きっぱりと言った。その凛々しい姿には、思わず俺も見とれた……俺の知っているエルザより、さらにカッコ良くなってるな。


「わかったわね。じゃウィル、早速馬車の監視に行くわよ、暫く寝不足を覚悟してね」


 エルザを眺めてぼうっとしていた俺だが、その声に我に返って飛びあがるように立つ。クリスタの眼が……翡翠のジト目になっていて、ちょっと怖い。「やっぱりまだ王妃様に……」とかつぶやいてるのは、もっと怖い。エルザのいる前で言い訳もできず、俺はクリスタの冷たい視線が背中に突き刺さるのを感じつつ、そそくさと見張りに向かうのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 すべての積み荷が揃うまで、馬車は町外れの広場に集められている。アロイスが広場に面した一軒家を借りてくれており、俺とエルザは交代で、その家の二階から広場を眺めおろしていた。一日目二日目は何事もなく、二日目にすべての荷が揃い、翌日の出発が告げられた。敵が何か仕掛けるなら、そろそろのはずなんだが。


 その夜半、短い眠りから覚めた俺は、不規則な睡眠で少しだるくなってきた身体を、二階に運んだ。


「エルザ、交代しよう」


「ちょっと早いんじゃない、ウィル?」


「目が覚めちゃったんだよ。二度寝するとかえって辛いしな」


「そうね……じゃ、ちょっとお話ししようか」


「お話……か」


「あの若い司祭様……クリスタさんか。すっごく可愛いわね。なんだかずいぶんウィルに懐いているみたいだし……いったい、どうやって口説いたの?」

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