第29話 紅い瞳のエルザ

「どうかしらウィル、この格好、似合う?」


「……」 


 こいつら、俺をなめてんのか。俺がどれだけ悩んで、忘れようとして、でも忘れられない……それをわかってないだろ。


「とってもよくお似合いですっ! 王妃様でいらっしゃいますねっ!」


 気まずく重い沈黙が場を支配する前に、クリスタが翡翠の瞳をくりくりさせて無邪気に割り込んできた。うん、正直なとこ、助かった気分だ。


「あら、可愛らしいルーフェの神官さん……ではなく、司祭様なのね。こんなにお若いのにすごいのね、お名前は?」


「はいっ! ルーフェのしもべにして司祭、クリスティアーナ・フォン・リーゼンフェルトと申します! ウィルお兄さんのパートナーですっ!」


 パートナーという言葉の響きに、エルザとフリッツが目を見合わせる。


「パートナーというと……公私にわたって、的なものかしら? ずいぶんお若いみたいだけれど……」


 エルザがいぶかしげに問う。なあエルザ、そんなに俺が新しい女を作ったら意外なのか? 残念ながら、クリスタは「新しい女」じゃ、ないんだけどな。


「『私』は除いてくれよ。どこのパーティにも入れてもらえなくてあぶれてる俺と組んでくれる、貴重な仕事仲間さ」


「あら、ウィルみたいに優秀な支援魔術師が、パーティーにあぶれるなんて不思議ね?」


 おい、元はといえば、お前らのせいだろうが。もっとも、市井で流布されてる俺にまつわる下世話なウソ話が、王妃陛下のお耳なんかに届く訳もないか。それをあえて説明するのもみじめったらしいのでやめておこう。


「あらっ! 私は『公私にわたって』に立候補したいと思っているんですけど、ウィルお兄さんが、やたらとお堅いのですっ!」


「おい、こら……」


 クリスタの大胆な宣言を聞いたエルザはかなり驚いた顔をしていたが、すぐその表情を消して柔らかく微笑む。


「そうね、ウィルは……優しいものね。とても柔軟で、たいがいのことは受け止めてくれて、それでいて何か守るものがあると強くなる。司祭様……クリスティアーナさんには、そこが見えているのね。お若いけれど男性を見る眼は、あると思うわ」


 なぜかクリスタがドヤ顔で薄い胸を張る。だけど、今さらエルザに褒められてもあまりうれしくないよ、俺は。その「優しくて、柔軟で、包容力があるけどいざとなると強い、素敵な男性」を捨てて他の男に走ったのは、そのエルザなんだからな。


「クリスタ、とお呼びください王妃様! そうなのです、ウィルお兄さんは強いのに、心が綺麗なのですっ! ぜひ、ずっとご一緒にとっ!」


「おいウィル、この可愛らしい司祭様と組んでどのくらいたつんだ? もうすっかり懐かれ……いや失礼、信頼されてるようだが?」


「まだ、一週間くらいじゃないか?」


「えっ? 何でそんな短い間に心がどうとかわかるのか……あっ」


 フリッツは気付いたようだ。市井の民は知らなくとも王族ともなれば、ルーフェの高位聖職者のなかに、読心や意識操作ができる奴が混じっていることくらい、知っているようだからな。


「ウィル、お前……このお嬢さんに、自分の心をすべて、はいどうぞとお見せしたってわけなのか?」


「まあ、そうだな。だから俺達三人の関係もクリスタは全部、理解しているよ」


 エルザとフリッツが青くなって、明らかに引き気味になったのがわかる。そりゃそうだろ、お前さんたちは俺に対してロクなことをしてこなかったわけだから。まあいいや、精神的に優位なうちに用件を聞いてしまおう。


「で、わざわざ国王夫妻直々のお呼び出し、俺に何の用だい? 旧交を温めるため、じゃないよな? そろそろ話してくれよ。そうそう、こっちにはクリスタがいるから、何か隠したり引っ掛けたりするのは、ムダだと思うぜ?」


 わざと意地悪い表現をしてみる。まあ、フリッツ達が俺をだまして不利益を与える、とも思っていないんだけどな。そう、こいつらには悪意はまったくないんだ。ただ考えなしにパッションで行動する習性があるだけなんだ。


「うん、まあ、そうだな。正直に、先に用件から言うよ。ウィル……俺の調査依頼を受けてもらえないか?」


「え? わざわざ俺に、国王のフリッツが、調査依頼??」


「そうなんだ。まず話を聞いてくれるかウィル?」


「受けない、という可能性もあるぜ」


「それで構わないさ。じゃあ早速本題だが……ウィルは最近、街道沿いで商人や商隊が魔物に襲われるって話、聞いてるか?」


「聞いてるも何も、最近二回ほど遭遇して、叩き返したばかりだが」


 フリッツが眼を少し見開き、納得の色を浮かべる。


「ああ、そうか。報告書にあったアロイス商会を守った手練れというのは、ウィルと、その可愛らしい司祭様ということか、納得だ。それなら話が早いが、あのような事例が王国内で頻繁に起こり始めていて、ここ一ケ月で五つの商隊が壊滅したんだ。昼の街道に魔物が出るなんてのは異常事態だ」


「確かにそうだな、原因は分かっているのか?」


「それが、皆目わからんのだ。なのでウィルに、そのあたりの調査を頼みたいってわけさ」


「なんで、俺なんだ?」


「軍にも調査をさせているが、彼らはこの手の諜報仕事には向かない。冒険者なら適任者が多いと思うが、彼らは王国への忠誠心が薄く、いざとなったら敵方に寝返りかねん。ようは信用できない」


「敵方……というと、やはりどこかの勢力が意図的にやらせていると考えているんだな?」


「ありていに言えば、そうだ」


 フリッツは眉間にしわを寄せながら答える。ザグレブ帝国との交戦に備えて国力を溜めておかねばならないこの時期に、商業流通の乱れは致命的になるだろうからな。


「疑っている相手は、帝国か?」


「そう考えているが、証拠はない」


「だから俺に、というわけか。だが帝国絡みだったら、調査を進めていったらどっかでその工作員と戦う羽目になることを想定しておかねばならないだろ。俺達は支援魔法使いと聖職者の半端パーティで、荒事には対応できないからダメだぜ」


「特級の戦士を一名付ける、と言ったら?」


「それは理想的だが、俺達はガチガチの軍人さんとは組めないぜ?」


「ああ、今は軍に籍を置いているが、元は優秀な冒険者だ」


「元冒険者の特級戦士? そんなの軍にいるのか?」


 ん? なんか、イヤな予感しか、しない。


「……ここにいるわよ」


 俺が愛してやまなかった金髪紅眼のメイドが、澄んだメゾソプラノで宣言する。ああ、ある意味予想通りだが……やっぱり君なのか、エルザ。


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