第28話 再会

「ちょっと待て、おい、お前だ! ここはお前みたいな怪しい奴の来るとこじゃない! とっとと帰れ!」


 偉そうな態度の衛兵が、俺を捕まえて追い返そうとする。うん、別に帰っても、こっちはいっこうに構わないんだけどな。


 ここは王宮の正門……ここに来るのも、かなり久しぶりだ。フリッツが国王に即位したとき以来になるだろうか。


「俺の名はウィルフリード。フリッツ……いやフリードリヒ王に呼ばれて参じた。取次ぎをお願いしたい」


「何を下らないことを言ってるんだ! お前みたいな奴は、冒険者ギルドにでも行け!」


 いけ好かない衛兵の態度には目をつぶって、一応の礼を保って取次ぎを頼むが、取りつくしまもない。


「衛兵さんっ! 国王陛下に呼ばれているのは本当なんですよっ! だから確認をお願いできませんかっ?」


 クリスタが輝く微笑みを浮かべながら弾むアルトでお願いすると、衛兵もしぶしぶ部下を伝令に出した。おいおい、若い娘相手になると、ずいぶん態度が違うじゃないか。


「神官のお嬢ちゃん、こんな怪しい奴と一緒にいるとろくなことはないよ。悪いことは言わないから、教会に戻んな」


 まあ確かに、俺の風体だけ見たら、怪しいかもなあ。


 クリスタはいつもの青い司祭服で、王宮に来るスタイルとしてはおかしいものではない。だが、俺もいつもの格好……狩猟着に革の胸当てと手甲だけだからな。こんな森に入るような格好で王宮に来る奴は、確かにいないかもしれない。


 実は今朝起きて朝飯を食ってたら、やたらと入れ込んでいたアロイスが、純白に塗り上げられ複雑で精緻な金色の紋様がこれでもかというくらい豪奢に描かれた、超ド派手な聖騎士鎧をどこからか準備して来ていた。


「王宮へ参られるのでしたら、最低でもこのくらいのモノをお召しにならないといけませんな!」


 おいこら、たぶんこれ、買ったら確実に千マルク以上する奴だろう。しかし、おれが聖騎士か、笑っちまうな。


「いらんいらん、大体俺、騎士じゃなくて魔法使いなんだけど」


「そうおっしゃるかと思いまして、そちらも準備しておきましたわ!」


 すかさず奥方が持ってきたのが、東方から取り寄せたのであろう上品に黒く輝く極上の絹地に金糸の刺繍がびっしり、ポイントに宝石をあしらいまくった超絶高級品の魔法使いローブ。おい、誰が着るんだ、こんな金満ファッション。


「それ着たら、かえって怪しい奴扱いされるだろ。いいんだよ、フリッツたちは俺のいつもを知ってるんだから。いつもの格好で行けばいいんだよ」


 ……というようなやり取りがあったわけだ。


 あまりに派手で恥ずかしい格好を提案されたんで、つい意地を張って普段の服で来てしまったが、せめて普通の礼装だけでも借りてくればよかったのかなと、ちょっとだけ反省する。いやまあ、アロイスたちが力を入れすぎて妙なものを持ってきたから悪いんだ、そうだ、うん。


「クリスタはいいよな、いつもの衣装でどこに出かけてもいいんだから」


「これが制服ですからねっ! でも私は普通の街娘姿がしてみたいです!」


「なんだ、そんなことなら今度買ってやるよ。てか、見立てはアロイスさんに頼んだ方がいいか」


「いえっ! ぜひぜひ、ウィルお兄さんに選んで欲しいです! お安いものでいいのでっ!」


 何かここには、グイグイ食いつかれてしまった。


「うん、まあ、今度な……」


「約束しましたよっ!」


 俺とクリスタが緊張感のないやり取りをしている最中に、伝令が青くなってすっ飛んできて、俺達の前に不機嫌な顔で立ちはだかる衛兵に何かささやいた。衛兵のドヤ顔から一気に血の気が引くシーンは、なかなか良い見ものだった……まあ予想通りなんだけど。彼は機械仕掛けの人形みたいに、ぎこちない動きで背筋を伸ばす。


「失礼しました! 国王陛下のご友人ウィルフリード殿、どうかお通り下さい! 私がご案内しますゆえ!」


 城内の地理は俺も十分覚えてるから案内とか要らないんだけど、もうこれ以上モメたくないから、素直についていくとしよう。傍らのクリスタが、いたずらっぽく笑って片目をつぶってみせた。


「こちらが控室となっております。王との謁見まで、しばらくこちらでおくつろぎを」


 華美ではないが趣味の良いティールームのような部屋に俺とクリスタを案内すると、無骨な衛兵はそそくさと去っていった。見れば先客がいる。騎士鎧に顔も含めた全身を包んだ男、そしてその騎士を接待しているのが、若い金髪のメイド。俺達はちょっと遠慮して、彼らと少し離れたテーブルに着いた。


 気が付くと、先客の騎士が板金鎧を鳴らしながら近づいてくるんで、ちょっとぎょっとして、とっさに身体強化の魔法を準備する。これで襲い掛かられてもまず戦えるだろう。隣のクリスタもさっと身構えていつもの棒を引き寄せようとするが、一瞬でふっと緊張を解いたのが気配でわかる。


「クリスタ?」


「はい、この方は、大丈夫ですよっ!」


 クリスタが明るく笑う。俺は振り向いて、騎士を見る。騎士はフルフェイスの兜に手をかけ、ゆっくりと脱ぎ始めて……やがて現れたのは、俺の良く知っている金髪の貴公子。


「フリッツ!」


「ウィル! ありがとう、来てくれたんだね。ちょっといたずらをして驚かそうと思ったんだけど、そちらの可愛らしいお嬢さんに見抜かれてしまったよ」


「相変わらず、趣味が悪いな。国王陛下になったんだから、悪ふざけはもうよせ」


「ああ、そうしよう」


 そこに金髪のメイドが、ティーカップを差し出す。


「お客様、まずお茶などいかが?」


 ん? この声は何か……見上げるとそこには燃えるような紅い瞳。俺が幼いころから憧れてやまなかった紅い瞳が、いたずらっぽく動きながら、俺を見ている。心臓が、どくんと音を立てて大きく跳ねる。


「エルザっ……!」



◆◆作者より◆◆

「エルザ、いつ出てくるの?」という読者様ご指摘を多数頂いておりました。

すみません、ようやく登場です。

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