第27話 言いなり君

「さっきはありがとう、クリスタ。あれもルーフェの法術なのか?」


「え? 私は何もしていませんよ! ただ、お兄さんが心配でですね……」


 若干わたわたしているクリスタ。ルーフェの法術を使ってないことだけはきっと本当なのだろう。


「だけど、クリスタの掌が触れたらすうっと冷静になれた。あれは本当に、助かったよ」


「すばらしき愛の力ですなあ」


 王宮使者の来訪にテンパっていたアロイスも、そんな軽口が叩けるまでに自分を取り戻している。


「何を言ってるんだか……」


「しかし、王宮からの呼び出しとなれば無視もできますまい。応じないわけにはいかないのではありませんかな?」


「このまま居座られたら、アロイスさんにも迷惑がかかるだろうが、俺は今更あの二人のいるところへ、行くつもりはない」


「どうしても、行きたくない……ですか?」


 クリスタが上目遣いで聞いてくる。どきっとするほど可愛いが、意固地になっている俺は、思わず眼をそらしてしまう。


「ああ。もうエルザやフリッツとのことは、終わったことだから。すっかり片が付いたことなんだ、今さら会ったって何も話すことはない」


 また少し感情が高ぶって、ちょっと声が震えてしまったのが格好悪い。


「まだ終わって……いないですよね」


 クリスタのアルトが、今は弾んでいない。静かに、弟か子供にでも言い聞かせるようなトーンに変わっている。


「えっ?」


「もし、ウィルお兄さんの中でお二人とのことがきちんと終わってるんだったら、王様や王妃様に会っても平然としていられるはず。そんなに心が揺れるのは、お兄さんがお二人との関係に、まだ割り切れないものを持っているからです」


 今までにないほどクリスタが静かなトーンで、しかし厳しく痛いところを攻めてくる。翡翠の瞳が、真剣に俺を見つめる。


「じゃあクリスタは、いったい俺にどうして欲しいんだよ?」


 図星を刺された俺は、ついイラっとして声を荒げ、彼女に当たってしまった。いかん、クリスタが悪いわけではないのに。


「ごめんなさい。お兄さんを困らせるつもりはなかったのです。でも、お兄さんの抱えているモヤモヤときちんと向かい合わないと、いつまでも先に進めないのではないかと思うのです」


「先に進む……って?」


「う~ん、そうですね! たとえば、代わりに私を彼女にしてくれるとかですかねっ! ふふっ!」


 破顔したクリスタが、いつもの底抜けの明るさで弾むアルトをぶつけてくる。何だよ、せっかくマジな気分で聞くつもりになってたのに、おちゃらけかよ。だけど、真剣に心配してくれているんだよな、こんなウジウジした俺を。


「うん……ありがとう。ちゃんと向かい合えるかどうかは別として、行くだけは行ってみようか」


 なぜだか、胸が少しすっきりした感じがする。


「それでこそ、ウィルお兄さんですっ! さあ、せっかく行くんだったら、取れるものはできるだけ全部、取りましょうっ!」


「取れるもの?」


 クリスタはアロイスと何やらごにょごにょ打ち合わせた後、別室の使者と会って勝手に話を決めてきた。俺はただそれを追認するだけ。なんか俺もしかして、言いなり君じゃね?


◇◇◇◇◇◇◇◇


「しかし、良かったんですかねえ。うちの商会の王宮出入りを約束させてしまったりして。いや、まったく望外の喜びではあったわけですが」


 ようやくありついた夕食のテーブルで、アロイスが顔をほころばせながらも、申し訳なさそうにクリスタに話しかけている。有力商人たちの大きな目標のひとつが王室御用達になることである以上、まあ当然の反応だろう。


 しかし、俺達が出向く代わりにアロイス商会を王宮で使えというクリスタの要求を、使者が二つ返事で肯んじたのにはちょっと驚いた。明日、俺とクリスタが二人で伺うから、というこっちの返答を聞くと、至極満足のていで帰っていった。


「ふふっ! どうせ行かねばならないのなら、お兄さんを高く売りつけないといけないのですっ! これからも何かとお世話になるアロイスさんに利のある形で!」


「あの使者がそんなデカい裁量権を持っていることによく気付いたな、クリスタ?」


「えへっ! そこは、アレですよ!」


 さては、使者の思考を読んだのか。クリスタは親しい人の心は読まないと言っていたが、相手はどっちかというと、敵に近いからな。クリスタって実は、最強の交渉役なんじゃないか?


「それで? 何でクリスタも王宮についてくるんだ?」


「むむっ、それは心外な言葉ですねっ! 私たちは『パートナー』なのではっ?」


「うむむ、それもそうか」


 どうも口ではクリスタにやられっぱなしだ。ここは潔く、負けを認めるとしよう。


 俺は豚の脚をローストしたシュバイネハクセにフォークを思いっきり突き刺し、がぶっとかぶりついた。前を見るとクリスタが、同じ料理を実に優雅な所作で食べている。しゃべる口は休まないのに、上品さが失われないのは、さすがお貴族様と言うべきか。


「んむむ~っ! 舌にのせただけで脂が溶けますし、フォークを入れただけで身がほろりと崩れてっ! これはすっごく上等なお肉ですね!」


「今晩は館で召し上がって頂けると言うので、家内がずいぶん張り切りましてねぇ」


 アロイスがここだけは自慢気にグッと胸を張る。確かに美味い、街の酒場では食えない味だ。うん、乗り気はしないけど、明日頑張るために今日は食おう。


 その日は酒抜きでひたすら食った。酒を飲んじまったら、悪酔いしそうだったからな。

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