第25話 今日は健全デートで

「ぷはぁっ! ひょっと食べすぎまひたっ!」


 クリスタのアルトが、さすがに変調気味だ。あの三人といったい、どのくらい話して、飲んで、食っただろうか。豪放磊落なリーダーと、頭脳明晰な女魔法使い、口数は少ないがきちんと場の雰囲気をコントロールする若者……実に、いいパーティだった。


 後半にはずいぶん、一緒に組んで大きな冒険をやろうと誘われた。確かに、俺たちサポーター二人を入れてバランスの取れた五人パーティなら、迷宮の下層でも通用するだろう。


 心が動かないでも無かったんだが、クリスタの特別な能力を考えたら、あまり大人数で長く過ごすのは彼女にストレスがかかるかな、とか思って一旦は断りを入れてしまった。ちょっと惜しいけど、とりあえず今はクリスタ優先にしよう。


「飲み過ぎました、とは言わないんだな?」


「わらしは、エールなんていくら飲んでも大丈夫なのでふっ! と言いたいところでしゅけど、これだけ飲むとさすがにキビひいですね!」


「アロイスさんの館にたどり着いたら、さっさと寝るぞ」


「んふぅ~、でも、このお酒くしゃい身体のまま寝るわけにはっ!」


「じゃあ、そんなに飲むなよってこと……」


 クリスタは酒に関して修行を積んでいると言っていたが、今晩はさすがに飲み過ぎだ。リーダーと差し向かいで、俺との関係をなにやら煽られて、二人で飲み比べのような状態になっていた。その酒量は、途中から女魔法使いがドン引きするレベルだった。


 ちゃんと歩けるのか心配だったが、アロイスの館まで、どうにか背負わなくて済んだ。まあやけに軽いから、背負ったって問題ないんだけどさ。


 だけど帰ったら、アロイスの奥方にたっぷりと叱られた。未婚の若い娘をこんなに酔わせるとはけしからん、というわけだ。アロイスが弁護してくれたが、結局一緒に叱られる羽目になった。


 そして男どもが絞られた後は、クリスタもお説教を食らった。


「司祭様、今晩はどう見てたって飲み過ぎですよ!」


「ひゃいっ! ごめんなひゃい」


 肩を縮めているクリスタは、本物の母親に叱られている娘のようだ。


「若い娘がそのように酔っていいのは、未来を誓った殿方の前でだけです!」


「ひゃい! あ、でも、わたひはウィルお兄さんに将来を誓っており……」


 アロイスが生暖かい眼で、奥方が鋭い眼で俺を見る。


「え? 俺、身に覚えがなく……」


「女に覚えがあるのに、男に覚えがないなんてことは、あり得ませんよ?」


 奥方の眼が、氷のように冷たい。俺、ロリコンかつ無責任男扱いされてる。やばい、絶体絶命だ……と、俺の左腕にもたれていたクリスタが急に重くなる。あわてて支えると、この騒ぎの張本人は、急に訪れた眠りの天使に身をゆだねていた。


「仕方ありませんね、ウィル様、ちゃんと寝室までご面倒見るのですよ、最後まで……ね」


 何か誤解に基づいた奥方の発言のように思うが、とりあえず解放されそうだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝。前日の酒が残ってダルい俺だが、昨日いろんな意味で大活躍してくれたクリスタは、平然としてアロイスの娘ときゃっきゃと騒ぎながら朝食をがっつり食べている。クリスタが酒の修行をしているのは、本当なんだろうな。


 昨日羽目を外し過ぎたお陰で、奥方が「夕食はうちで用意しますからそれまでに戻ってきなさい」と厳命を下し、やむなく王都高級レストラン探訪はあきらめることにした。


 まあ、クリスタはドレスアップして行かねばならない高級料理より、屋外テラスで食うオープンレストランとか、屋台で食い歩くような庶民風食い物の方が好きみたいだから、外食は昼だけでも、まあいいだろう。


「じゃ今日は観光っぽく、王宮とか王立博物館とかを見に行こうか?」


「それもいいんですけどっ! それよりですね、お兄さんが王都にいた時によく行った場所がいいなと思うわけでっ!」


「長くいたのは魔法学院の金欠学生だった頃だからなあ。面白くないとこばっかだぜ?」


「それがいいんですっ!」


 なんでそんなもんが見たいのだろうと納得いかないけど、そんならとまずは古書店街に向かう。書物……特に魔法書はむちゃくちゃ高価だから、週末になると小さな古書店に入り浸って、掘り出し物探索と称してひたすらタダで読み耽ったんだよね。店主も俺達にカネが無いことをわかっていて、何も言わなかった。学院を去る前日、今までの感謝を込めて魔法書をその店で買った……そいつは支援魔法に関する書で、俺が今生きていられるのは、その書のおかげだと言っていいだろう。


 懐かしいその店は、まだあった。俺は店主に無沙汰を詫び、最後に買った魔法書がいたく役だったと礼を述べた。そしたら店主が同じ著者の魔法書が入ったと教えてくれて……結局謝礼の意味も込めて買ってしまった。百マルク……ちょっとした勤め人の月給に近いけど。


「う~ん、このなんとも言えない雰囲気、わくわくしますねっ!」


「古書店で?」


「だって、何に出会うかわからない感じって、いいと思いません? 今日だって、いい本見つけたんでしょ?」


「そうだなあ……この著者の説明、わかりやすいんだよ。だから俺も冒険者をやりながらでも、いろんな魔法を独学で覚えられた。今度の魔法書は探知とかさらにコアな感じだから楽しみだよ」


「ふふっ! 良かったですねっ!」


 クリスタの笑顔が、やけにまぶしい。

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