第23話 仲直り?

 賞賛の声を浴びせる客たちにもみくちゃにされているクリスタが、俺に向かって片目をつぶって見せる。「ほめてほめて!」的な感じだろうか。俺個人の名誉については諦めていたけど、あの見事な即興叙事詩については、あとでちゃんと褒めてやらないといけないな。


「ウィルお兄さん! いかがでしたかっ?」


 しばらくしてテーブルに戻ってきたクリスタは、予想通り「ほめて!」オーラを全身から発して、頬を紅潮させている。こういうところは、実に可愛い。


「見事な即興詩だったな。それに、俺のちっぽけな名誉を守ってくれて、ありがとう」


「ちっぽけ……じゃないですっ! む~ん、お兄さんは自己評価が低すぎます!」


「それはありがたかったんだけどさ、今日の叙事詩には『ルーフェの法術』を乗っけていただろ? こんな事に使って、教会から叱られないのかい?」


 俺の指摘に、ちょっとクリスタが視線を泳がせる。


「んん……まあ、やたらと個人の利益のために使うことは禁じられているわけですが。聖職者が、正義をなすためと信じ得ることに対しては、使ってよいとされていますからねっ!」


 さすがに「ルーフェの法術」であることは、否定しないんだな。


「思いっきり『個人の利益』のために使った気もするけどな?」


「あはっ。細かいことは、気にしないのですっ!」


 クリスタは笑ってごまかしつつ、つまみのヴルストを頬張る。


「それにしても、なんであんな短時間で唄がつくれるんだ?」


「もちろん、それはカラクリがあるのですよっ! 曲は教会でいくつか教えてもらったものからチョイスするだけで。私は詩文を考えるだけ、そして曲とつじつまを合わせて唄うだけ、というわけですっ!」


「それでも、大したもんだと思うが……」


「神官の修行項目にも、短時間で詩を作って唄う、という訓練があるのですよっ! だから特別というわけでは……でも、私が優秀だってのは、否定しませんよ?」


 クリスタがまた翡翠の瞳をくりくりさせる。「もっとほめて!」ということかな。


「うん、いい叙事詩だった。それに、唄ってるときのクリスタは、いつもより大人っぽく見えて、そしてとても綺麗だったよ。目が離せなかった」


「……つっ……」


 見れば、クリスタが耳まで赤くなっている。エールに酔ったせいではなさそうだ。やたらと攻めてくるくせに、素直に可愛いとか綺麗とかほめると、こうなるのが不思議だ。まったく、変な娘だよな。


 ふと気が付くと俺達のテーブルに、さっき俺にいやがらせしていた冒険者の男が、パーティーメンバーらしい奴らと一緒に、近づいてくる。これは困ったな、ここでモメるのはマズいしな……


 そのいかにも壁役の戦士にふさわしいゴリマッチョの男が、やおら口を開く。


「済まねえ、ウィルフリード殿!」


「え?」 予想外の言葉に、呆気にとられる俺。


「許してくれ! 市井の噂を信じてあんたをディスって、さっきもイヤガラセをしてしまった。ここに二人で仲良くエルザ妃と出入りしていたころのあんたの姿も知っていたはずなのに……申し訳ない。これからは他のやつの誤解を解くことに頑張るから、許すと言ってくれ!」


 誰にも従わない無頼な雰囲気をまとった男が、一回りほども若い俺に深々と、地面につかんとばかりに頭を下げている。これは、クリスタのアレが、効きすぎたか?


「いや、許すも何も。俺がエルザに不義理なことをしてないって、わかってくれればいいんだ。別れたことは、本当なんだし」


「あの唄の通り、まだ想いを残しているのか?」


 俺はちょっと考えた後、正直に答えた。


「うん、割り切ったつもりだったんだけど、想いは残っているんだろうね。何かのはずみで思い出しては、胸がちくちくとね。あんたのような迷いのなさそうな人からみると、女々しい限りだろ?」


 傍らのクリスタがちょっとだけ悲しそうな表情をするが、男はそれに気づかず続けた。


「いや、幼馴染の娘と取り合った手が忘れられないという気持ち、実によくわかるぞ、ウィルフリード殿!」


「ふふふ、うちのリーダーはさ、幼馴染の奥さん一本だからね。今どき珍しい、無骨な直情純情男だからさ」


 男の後ろから、パーティメンバーらしい女魔法使いが、半畳を入れてくる。


「あぁっ! 余計なことを言うな!」


 若く美しい女魔法使いは、狼狽する男を相手にせず続ける。


「ねぇウィルフリードさん、良かったら私達も一緒に飲ませてもらえないかしら? みんなさっきのお嬢さんの唄に感動しちゃって。エルザ様との冒険譚、もっと聞きたいのよねぇ……もちろんお嬢さんからもね!」


 俺はちらっとクリスタの方をうかがう。クリスタは翡翠の瞳をくりっとさせつつ、ウンウンとうなずいている。


「ウィルと呼んでくれていいよ。もちろん、俺達と一緒でいいなら歓迎だ」


 俺とクリスタが席を少しずらすと、テーブルの上に二十人分かと思うようなヴルストの大皿がどかっと置かれた。おい、誰が食うんだよこの量……


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