第21話 吟遊詩人
「ときにですねっ! これから、どんなお仕事をしましょう? 冒険者のお仕事っていっても、いろいろありますよね?」
「うん、実はまだ決めてないんだ。クリスタと俺じゃ攻撃力が足りないから、迷宮に住んでいるような強い魔物に挑むわけにはいかないしね。クリスタが旅をしたいって言うのなら、アロイスさんの商隊を護衛して王国中を回るってのも、ありかもなあ」
「なるほどっ。そうなるとアロイスさんの思惑通りというわけですねっ!」
「クリスタは、護衛じゃいやか?」
「いいえっ! 私はお兄さんと旅するのが目的なのでっ! ああ、アロイスさんと一緒だと、良いお宿に泊まれてお湯が使えるのがいいですねっ!」
「ポイントはそこか!」 と俺は突っ込む。
「お湯は大事ですっ、私も若い娘ですからねっ! それとも、お兄さんは汗臭いほうがお好みですかっ?」
「いや、そういう意味でなくだな……」
どうも、口ではクリスタに到底勝てそうもない。エルザともそうだった……いつも言い負かされるけど、それもまた気持ちよかったりしてな。
いかんいかん、ついつい思考がエルザとの思い出に戻ってしまう。懐かしいところに来てしまったからだろうか。
それにしても、クリスタの弾むアルトを聞きながらの酒は、なかなか悪くない。何かほんわかとした雰囲気で、気持ちよく酔える。うん、クリスタとの旅がこんな感じなら、しばらく続けてもいい気がしてきた。
だがふと気付くと……三つほど向こうのテーブルから、好意的でない視線を感じる。三十過ぎの男が、俺の方をチラチラ見ては、仲間にこそこそささやきかけているみたいだ。
まあこういうのは、良くあることだ。「王妃の元カレ」の創作悪評譚が流布され始めてからというもの、この手の冷たい視線には、もう慣れっこになっている俺だ。積極的にいやがらせをしてこなければ、相手にせず放置するだけなのだが。頼むぜ、そのままひそひそ話で終わってくれよ。今日は暴れたりしたくないからな。
そんな俺の期待とは反対に、そいつは俺がいやがることをしたくてしょうがないらしい。指をさしては仲間とゲラゲラ笑ったり、だんだん態度が露骨なものになってくる。だけど、俺は相手にしないぜ、今日はクリスタを接待しに来たのだから。
俺が相手にしないとわかると、そいつはかなりイラっとしたみたいで、次の悪だくみを始める。客席を回りリクエストを求める吟遊詩人を捕まえて小金を握らせたのが見える。ああ、冒険者はことのほか英雄の叙事詩なんかを好むから必ずこの手の店には吟遊詩人がいるもんなんだが……そうか、またあれが始まるのか。
中年に差し掛かった吟遊詩人の男がやおらハープを構えて勇ましく旋律を奏で始める。演奏のテンポが次第に上がり、やがて詩人はきっと正面を見据え唄い出した。どうもこれが本日初の売り上げであったらしく、かなり気合が入っている。
唄い始めた叙事詩は、予想通りエルザとフリードリヒの物語だ。まあ、俺をディスるために唄わせてるんだから、そうなるだろうな。上滑りな美辞麗句に彩られた吟遊詩人の長い長い叙事詩の一言一句が全部頭に入ったわけではないが、おおむね……
若きフリードリヒ王子は、甲斐性がないばかりに零落しカネに詰まったクズ男によって売られようとする哀れな乙女エルザに出会った。フリードリヒはエルザの剣に対する天稟を見抜き、彼女をクズ男から買い取る。そしてフリードリヒの指導を受けその才能を開花させたエルザは、無比の女剣士となる。いつしか二人は互いに心を通わせ、かたく結ばれた。そしてエルザは王子の剣となり、手を取り合って宮廷に巣食う君側の奸を除き、フリードリヒはやがて心ある者達に推され玉座についたのだ。王の慧眼を称えよ、そして知恵も節操もないクズ男を笑え。そのクズ男の名は、ウィルフリード。
……というような内容だったかな。う〜む、これまでいろんな創作譚を聞いてきたけど、これはとりわけひどいな。いくらなんでも、エルザをカネで売ったってのは、ないだろ。
吟遊詩人が竪琴をかき鳴らし、声を張り上げる間、詩人にカネを握らせた男が俺を指さし、周りの人々を煽っているのがわかる。周囲の人も俺に汚いものを見るような目を向けてくる。ここ二年ほど、よくこういう目にあっている。もうすでに慣れてきてはいるんだが、やっぱり少しキツいな。
一節唄い終えた吟遊詩人が大きく息を吐くと、彼のまわりで賞賛の声と、クズ男ウィルフリードを貶める声が交錯している。
吟遊詩人は自分の歌声と修辞の力と思っているようで、ドヤ顔で胸を張っているけど……それは違うんだよ。人々はストレス解消のためにここにきてるんだ。ストレス解消に一番いいのは、だれか自分より下の人間をつくって、そいつをいじめることなんだ。今日はたまたま、それが俺なんだよ。
ほとんどあきらめの境地でため息をついた俺の隣から、青い司祭服がすっと立ち上がる。その人物……クリスタは真っ直ぐ吟遊詩人の傍らに進むと、おもむろに声を掛けた。
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