第19話 魔法のイヤリング

「よしよし、そう来ないとのう。気前のいい男は女に好かれるものじゃて。では少々待て、嬢ちゃんの耳に合わせて少し調節するからのう」


 俺と老職人のやりとりをそれまで黙って見ていたクリスタが、急にわたわたとあわてだす。


「ウィルお兄さん、これを私にっ? こんなに高価なもの、だめですっ!」


「デザイン、気に入ったんだろ? 俺もこれが気に入ったんだ、俺の趣味だと思ってくれよ。丁度、何かクリスタが直接身に着けるものを用意したかったところなんだ、それについては後で説明するよ」


 まあ、確かに八十五マルクとか言ったら、日雇いで二十日くらい働いて稼げる金額だ……決して安くはないよな。俺もやたらと無駄遣いをするつもりはないんだが、クリスタの表情を見ていたら、なぜか無性に買ってやりたくなったんだよ。


「もちろん、素敵だとは思いましたけどっ! あ、うぅっ、ありがとう、ございます……」


「うん、それでいいよ」


 細かい調整が終わったのを確認して、俺は十マルク金貨を八枚と一マルク銀貨を五枚、老職人に手渡す。


「ありがたい。若いが、良いものを見極める力がある二人の間には、必ず幸せが来るであろうよ」


 老職人は何か俺達の関係を勘違いしているようだが、無害なので放っておこう。俺には最後の仕上げ作業が待っている。


「ちょっとだけ、店先の台を借りるぜ」


 木製のテーブルに、先ほど購った一対のイヤリングと、俺の指にはめていた銀の指環を並べて、俺は長い長い詠唱を始める。数分の後……


「……これを着ける者危うかりしとき、我に告げよ……封魔!」


「何をしたのですかっ?」 


 クリスタはちんぷんかんぷんのようだが、老職人は俺の詠唱が意味するところを正しく理解していたようで、驚きの視線を俺に向ける。


「おお、若い客人よ。今、お主が行った業は……機能付与魔法ではないか。齢を経た高位の魔法使いでなければ、使いこなせないものであるはずじゃが?」


「そうだな、普通ならね。俺は魔法学院にいる頃、最終的に付与魔法使いを目指していたから、ある程度基礎を学んでいたんだよ。学院を中退しちゃったからそれからは独学になっちゃって、初歩的なものしかできないんだけどね」


 クリスタが不思議そうな顔で首をかしげている。


「このイヤリングになにか特別な力を……お兄さんが?」


「ちょっとだけね。これを着けたクリスタが何か危ない目にあった時には、俺の指環に知らせが届くというだけなんだ。あと、銀を綺麗に保つ魔法もかけたよ。銀はすぐ黒くなっちゃうけど、銀糸の細工は磨いて綺麗にするわけにはいかないからね」


「うん、そうすると……お兄さんといつも見えない糸でつながっているというわけですねっ! すっごく素敵ですっ!」


 おいおい、何でそういう方向に解釈しちゃうのかなあ。


 確かに俺はこの娘のことを好ましく思っているけど、クリスタがわずかこの数日で俺に惚れたとも思えない。まあ、ああいう複雑な能力持ちの彼女だ、何かを隠さなくていい友が初めて出現したことに、舞い上がっているのかもしれないな。


「パーティを組むんだから、仲間が危なくなった時には、駆け付ける、それは当たり前だよな。うっとうしく思えるかも知れないけど、着けておいて欲しいんだ」


 できるだけ男女関係と離れた方に話を持っていく俺だ。まあ、この魔法自体、エルザの安全を常に確認するために必死で身に着けた唯一の上級付与魔法だから、結局その動機は男女関係だったんだけど。


 もちろん、エルザがフリッツとよろしくやっている時には、魔法は発動しなかった。だってそれはエルザにとって「危ない目」ではなかったのだからな……くそっ、また胸の奥が、ちくっと痛む。


「ううん、とってもうれしいですっ! 魔法なんか掛かってなくても、こんな綺麗な耳飾り……それもウィルお兄さんに買ってもらえるなんて! 一生大事にしますよっ!」


「いや、銀製品だから一生は難しいと思うぜ……」


 「一生」とかいう言葉の、やけに重たい響きに少々びびりながらも、クリスタの弾むアルトに癒される俺だ。


「ほほぅ、ずいぶん懐かれたもんじゃな、お若いの。包むかの? そのまま着けていくかの?」


「もちろん、着けますっ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 夕方までのすきま時間は、だだっ広い週末市場をああだこうだ冷やかしているうちに、あっという間に過ぎてしまった。


 クリスタは木彫りを見てはその精細な造形に感心し、銅板を小槌で叩きだして鍋を形づくっていく職人の手練に注目し、美しく磨き上げた翡翠を眺めて綺麗だと喜ぶ。その両耳には、金糸銀糸で形づくられた小さな野の花が愛らしくぶら下がっている。


「神官のお嬢ちゃん、あんたの瞳の方がよほど上等な翡翠ですよ」


 宝石商の女主人がうっとりしたような眼をして掛けた言葉は、客に対するおべんちゃらとばかりも言えないだろう。俺もこの深い碧色の瞳に見つめられると、心が捕らえられたような気がするからな。実際のとこ、こないだの夜は、心の中までクリスタに一切合切見られちゃったけどさ。


「うふっ! ほめられちゃいましたっ! さあ、そろそろ……」


「そうだな、お楽しみの『冒険者の酒場』へ行くか」


「はいっ! わくわくしちゃいますっ!」



◆◆作者より◆◆

1マルクを現代日本の2000円くらいと変換してください。

クリスタに贈った85マルクのイヤリングは、17万円相当……高いかも。


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