第18話 市場デート

 王都に着いたとたん猛烈に忙しくなったアロイスさんとは反対に、俺とクリスタはただの暇人になってしまった。なのでクリスタのリクエストに応えて、街を案内することにする。王都にはろくな思い出がないけれど、にぎやかにさえずる小鳥のようなクリスタと一緒にいれば、あの憂鬱を忘れることが出来るような気がする。まああくまで、気がするだけなんだけど。


「まずは、市場に行かないと、始まりませんよねっ!」


「何が始まらないんだか……」


 ぶつぶつ言いながらも、クリスタに振り回されるのが何だか心地よい俺がいる。もし妹がいたら、こんな感じなのかな。


 王都には常設の市場もあるのだが、週に一日、土曜日になると中心街から馬車を追い出し、石畳で舗装された道路の両側にびっしりと露店が並んで、その日だけは数倍の規模になるんだ。今日は土曜日、どうせならクリスタにはこれを見せないといけないだろう。


「ふわぁっ! すごい! すごいです!」


 期待通りというか期待以上というべきか、クリスタの食いつきっぷりがいい。


「あれは何っ?」


 露店の梁から縄で吊り下げられている甲羅付きの動物を見て、弾むアルトの声を上げるクリスタ。


「亀だよ、東国から来た人たちは、好んであれを食べるんだ」


「おいしいの?」


「う〜ん、匂いが特有だから、俺にはちょっと無理かな。だが、ハマるとやめられないらしいぜ」


「ふぅん……あ、あれはあれはっ!」


 さすがに王都は大陸商業の中心地といわれるだけのことはある。ノイエバイエルン王国以外から……はるか東国や海を隔てた西国からも、人や文化がこれでもかと集まってくる。特に食に関してはバラエティ豊かだ。


「お兄さんっ! 私、甘いものが食べたいですっ!」


「はいはいっと。うん、クリスタが食べたことないものがいいよな……ちょっと待てよ」


 俺はしばらく甘物の露店を物色したあげく、極東の国で人気だというダイフクという奴を選んだ。もちろん代金は、俺が払う。こないだフェンリルの毛皮や魔石をアロイスに売ったカネを、クリスタが頑として受け取ろうとしなかったからだ。


「これ食ってみな」


「なんだか、ふにゃふにゃモチモチしてますね! 不思議な感覚です」


「米から出来てるんだそうだ。中には特別な豆を砂糖で煮たものが詰まってる。甘いし、食いでがあるぞ」


「はいっ! では早速、はむっ!」


 歩きながら一気に口に入れる。ルーフェの戒律は極めて自由なことで有名だが、聖職者が大口あけて歩き食いって、マナーとしてどうなんだろう。いや、聖職者としてより、若い娘の行儀としていかがなものかと……まあ、モグモグしている姿も小動物っぽくて可愛いから、いいか。


「ぷはぁっ! 苦しかったけど、甘いっ! これは美味しいです!」


 しばらくダイフクに苦戦して静かだったクリスタがようやく飲み込んで、声を上げる。


「一気に頬張るからだよ」


「こんなに噛み応えがあるとは思わなかったんですよ!」


「そうそう、腹にもたまるぜ。食い過ぎると夕飯が入らなくなるから、一個にしといたほうがいいと思うぜ」


 二つ目のダイフクに手を伸ばしかけていたクリスタが、あわてて思いとどまる。


「そうでしたっ! 夕方になったら『冒険者の酒場』に連れて行ってもらわないといけなかったのでした!」


 なぜかクリスタは「冒険者の酒場」に特別な憧れを持っているらしく、王都に着く前から酒場酒場とやたらうるさかった。俺にとっては思い出があり過ぎてあまり近づきたくないところなのだが、期待でくりくりする翡翠の瞳で見つめられると、仕方ないなあと思ってしまう。


 もちろん夕刻にならないと酒場は開かないから、俺の好きな工芸市場を冷やかして時間をつぶすことにする。食品を扱う市場よりその規模は小さいが、近在の職人たちが一斉に集まり、自慢の技術を実演し、作品を披露する。木工品、金工品、絵画、彫刻、宝飾……一日見ていても飽きないんだ。期待通り、クリスタも職人たちの実演が珍しかったらしく、目を輝かせてついてくる。たぶん単調な教会生活じゃ、決して見られない光景だろうからな。


「うわぁっ! これはエレガントで、綺麗ですねっ!」


 そんな中でクリスタがふと目を止めたのは、金糸と銀糸を複雑に絡めて野の花を模したイヤリングだ。彫金ではなく金銀糸だからその造形は繊細で、色の組み合わせ方が俺の眼からみても、何とも絶妙だ。老境に入った職人は若い娘の反応に気をよくして、いろいろ説明を始める。


「まあ、最近はこんな手間のかかる細工をやる職人はおらんからの。ほれ、こんな風に銀糸を絡めていくんじゃよ」


「ふわあっ、これは手間がかかりますねっ!」


「そうじゃな。だから価も高いんじゃ」


 そうか、そんなに気に入ったのか。アロイスさんのお陰で懐も暖かいし、買ってやるか。


「いくらなんだい?」


「百二十マルクじゃの」


 何だ冷やかしではないのか、と老職人が意外な顔をしつつ、最初は思いっきり掛け値を言ってくる。これは市場の、お約束だ。


「う~ん、六十マルクなら即買うんだけど」


「何を言っておるんじゃ、どれだけ手間がかかってると思っておるんじゃ」


 うん、それはわかってるよ。だけどこういうところでは、言い値で買わないっていうのもまた、お約束だからね。


「百マルクまでならまけてやるが」


 おっ、一気に下がったな、だが、まだまだだな。


「七十五マルクにできないか?」


「うむむ。この綺麗なお嬢ちゃんへのプレゼントにするというわけじゃな? そんなら九十マルクにしてやろう」


 うん、もうちょっと値切れそうだけど、自分への贈り物を目の前で値切りまくられたら、クリスタが気分悪くなっちゃうかもな。


「じゃ八十五マルクで手を打つよ」


 老職人が歯が何本も抜けた口を開けて笑い、了承の意を示す。その表情を見る限り、相当利が乗った取引であったのだろうな。


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