第17話 王都
俺が斬り付けた一頭は後脚を失って、戦闘から離脱した。
包囲体制が崩れたのを見たクリスタが踏み込んで一頭を打ち据え、「剛力」で腕力を増した俺の剣が、さらに一頭の首を打ち落とす。最後の一頭は群れの長であったらしく体躯も大きいし動きも俊敏だったが、俺とクリスタで挟み撃ちにして仕留めた。クリスタが挑発して怒った狼の攻撃を棒術で受け止め、俺が背後から後脚を斬るという連携が、結構うまくいったみたいだ。
「こんな真昼間の街道に魔狼が出るとは、どういうことでしょう?」
事が終わったのを見て恐る恐る馬車から出てきたアロイスが、怪訝そうに首をかしげている。
「先日のゴブリンと言い、今日の魔狼……フェンリルと言い、明らかに何かの異常が起こっていますな」
「確かにそうだな。魔物だって自分達が真昼間に人間族の領域に出てくれば、どうなるかは知っている。だから夜しか行動しないし、昼は森の奥や魔窟、迷宮に隠れ住んでいるはずだ。あくまで、普通の状況ならばな」
「そうするとウィル殿、こいつらは?」
「おそらく、何者かに追い立てられて来たか、狂わされて思考能力を奪われているか、どっちかだろうな」
「そんなことをして、いったい得をする者がいるんでしょうかね? 商人や旅人の流れを阻んだって、経済が混乱するだけで、だれかの利益にはならないと思いますがね」
「そうだなあ……」
「王国が混乱すれば喜ぶ人……というか、国もいるのではっ?」
クリスタが、ふと思いついたように口をはさむ。
「ふむ、今、喜ぶ国といえば……」
「帝国……ザクレブ帝国とかならどうですか?」
「あり得るかもな、どうやって魔物を動かしているかは別としてだけどな」
俺は少しクリスタを見直していた。激しい戦いの後で心身が高ぶっている状態でも、冷静に事態を分析している。ただの元気娘ではない。
「まあ、そこはそれとして、またお二人のお陰で切り抜けることができました。これだけ見事な魔狼を五頭、しかも毛皮の傷も少ないと。これは高く買い取らせていただきますぞ!」
もちろんだ。王都は何かとカネのかかる街だからな、軍資金は多い方がいい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
魔狼と戦った後にはこれといった事件もなく、俺達は王都に着いた。
クリスタの要望を踏まえて湯が使える宿を探そうと思っていたのだが、アロイスが是非に是非にと誘ってくれるので、王都での滞在は彼の商館に厄介になることにする。
「王都は食の街ですからな! ようやくウィル殿に当家自慢の食事と酒をお召し上がりいただけるという次第で。もちろん司祭様もぜひ、ですぞ!」
「それはありがたい、お世話になるよ」
とは言ったものの、ここのところ「王妃の元カレ」の二つ名を頂戴しているお陰で、他人から避けられたり蔑まれたり虐げられたりということばかりだった俺には、ちょっとアロイスの厚意が信じがたい。
「ここまで良くしてもらって、いいのかなあ……」
俺のつぶやきを聞いたクリスタがすかさず言う。
「大丈夫ですよウィルお兄さん! アロイスさんは二度も魔物から守ってくれたお兄さんをとっても尊敬してますよ! まあ、多少の下心はあるんでしょうけど」
「なんだその下心ってのは?」
「まあ多分、お兄さんがアロイス商会専属になってくれたら嬉しい、ってとこじゃないでしょうか。これから商売の旅は危険を伴うことが多くなりそうですけど、お兄さんは強いですし……その上、お兄さんを雇ったら、もれなく私もおまけで付いてきますからねっ!」
おまけで、か。もうクリスタは、俺がアロイスに付いていくのなら、自分も付いていくことに決めているらしい。懐かれているのか、面白がられているのか……
「ふうん、そうなのか。クリスタはアロイスさんの考えを読んだのか?」
クリスタは、あわててぶんぶんと首を振る。
「そんな! 許しを求めずして、親しい方の思考を読み取るなんてことはできませんよ!」
そうか。でも、親しくなければ、読むんだな。
「ですが、表層に近い思考は、読まなくてもある程度勝手に入ってきてしまうのです……」
「じゃ、俺の今考えてた『表層』は?」
「『親しくないやつの心は読むんだな』でしょっ!」
「参った、やっぱりクリスタはすごいな」
クリスタは、こてんと愛らしく首をかしげて。やがて笑い出した。
「うふっ! やっぱりウィルお兄さんは面白いですっ! こんな感じに思考を読もうものなら、普通なら妖怪扱いされて遠ざけられてしまうのに……」
「確かに、一般人はそうかも知れないなあ。まあ俺はほら、昨日心の中を全部クリスタに見られちゃってるから、今さらちょっとくらい見られてもって感じかな」
「そういうお兄さんだから、一緒に行きたいんですよ!」
クリスタがまた翡翠の瞳をくりくりさせて俺をみつめる。めちゃくちゃ可愛い……我知らず頬に熱を感じてしまう。また俺の「表層」を読んだのか、クリスタも頬を紅く染める。純情だった少年の頃に戻ったような気がする俺だった。
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