第16話 フェンリル
王都へ向かう街道は、山がちの土地を縫うように走っている。
今日も俺とクリスタが乗馬で先行し、アロイス達の馬車が後に続く。昼間の街道には魔物が出る可能性はほとんどなく、脅威は山賊の類だけ、それもクリスタがいてルーフェの神官旗を掲げている以上、まず心配はない。
「これからパーティ……というかパートナーとして戦う前提で、分担を決めておかないとな」
「パートナーって言葉の響き、いいですね! これから私、それ使いますっ!」
「いやまあ、そこはどうでもいいんだが……クリスタの戦闘手段としては、その棒だけって考えた方がいいよな?」
クリスタが馬にくくりつけた木棒は見た目細くて頼りないが、アイゼンバウムと呼ばれる極めて硬い木から削り出し、さらにハンマーで徹底的に叩き締めて強度を上げてあるもので、並の剣なら歯もたたない。これを振り回すにはかなりの力がいるはずだが、クリスタはその細い腕で軽々と扱う。彼女に言わせると、棒の軌道を急に変えるのには力がいるが、あらかじめ決めた流れを意識して振り回すのはそれほど難しくないのだそうだ。そう言い切ることができるまでに相当の修練を重ねたことは容易に想像できるのだが。
「そうですね~。相手が人間なら精神操作も使えますが、大っぴらには使いづらいですし……魔物相手だと、完全に棒術だけですね!」
「そうか、やっぱりなあ。クリスタの棒術は大したものだが、相手を殺す力はないよな」
「ですね。ルーフェの教えでは、守るための戦いしか表向き認められていないので、刃物の訓練はされていないのです。男性神官が好んで使うメイスであれば殺傷力があるのですけど、あれは棒よりも腕力が必要ですので!」
そうだろうな。まあ、無骨なメイス……槌矛で敵を撲殺する血まみれのクリスタの姿は、俺もあまり見たくない。
「そうすると、俺達がペアで戦闘する時には、クリスタの棒術で敵の攻撃を受けとめてもらって、俺がアタッカーをやるしかないかな。防御に徹する前提ならクリスタの棒の腕前はかなりのものだと思うし」
「私もそれが一番いいと思いますっ!」
「女の子に『壁』やらせちゃうのも、どうかと思うけどさ」
「うふっ! 女の子扱いしてくれるのは嬉しいですっ!」
翡翠の瞳がキラキラ俺を見つめる。騎乗中に、よそ見するんじゃねえよ。
「そりゃクリスタは、すっげえ可愛いからな……」
こんなセリフがあっさり吐けるのも、昨晩心の中をフルオープンで見せてしまっているからだ。普通ならば恥ずかしいこと極まる行為だが、一旦さらけ出してみるともう隠すことがないわけで、何でも素直に話せるというものだ。
そう口に出した後ふと横を見ると、クリスタが耳まで赤くなっている。自分から攻めてきたくせに照れている。積極的なんだか初心なんだかわからない、おかしな娘だ。
「まあ、だから全力で支援魔法を使うさ。戸惑わないように、次の休憩で動きを試してみようぜ」
「あ、あっ、はいっ!」
まだ少しテンパっているクリスタも、なかなか可愛い。
◇◇◇◇◇◇◇◇
午後になり、その日の旅程もあとわずか。やはり女子供連れの護衛は、速度も遅けりゃ投宿も早い。実にぬるくて楽だよな。
「この森を抜けると、今日の宿場だな」
「お湯が使えるといいですねっ!」
ふ~ん、気にするポイントはそこなのか。若い娘なんだから、まあ当たり前か。一日騎乗していれば、結構汗もかくしな。王都の宿は、湯が使えるところにしてやらないと。
ふと、クリスタが不意に馬を停めて、前方を凝視する。
「あれは、犬じゃ……ないですよね」
「ん?」
クリスタの見ている方向に目を向けても、俺には何も見えない。
「こっちに向かって来ます、五~六頭います」
「俺にはまったく見えないが。どんな犬なんだ?」
「暗灰色の毛で、体長四エレ位で……長い牙があります」
「四エレだと?」
四エレは、成人男性の身長よりずっと大きい、普通の犬じゃ、そんな体躯にはならない。そして暗灰色の毛と牙といえば……
「それは狼……というか魔狼、フェンリルだ!」
俺達は慌てて馬を降り、戦闘体勢をとる。クリスタに速度アップやら腕力アップやらの支援魔法を重ねかけして、俺も自分自身に攻撃向きの強化魔法をかける。十分な準備をした頃に、ようやく俺にも魔狼の存在が見えた。
「なんであんな遠くから、フェンリルの姿が見えたんだ?」
「さぁ? 生まれつき、多少障害物が間にあっても、なぜか遠くのものが見えてしまうのですよ!」
「なぜか、で済ませていいのかなあ、だけどこれは助かった。普通に見えてから準備したら、十分に支援魔法を掛け切れないからな。よしやるぞ、悪いが最前線を頼む!」
「お任せくださいっ!」
クリスタが「神速」で強化された脚でフェンリルの群れに立ちはだかると、アイゼンバウムの棒が複雑な軌道で回転し始める。その腕力も「剛力」で強化されており、棒そのものにも「電撃」が付与してある。見る間にクリスタは一頭の前足を打ち砕き、さらに首筋に電撃を浴びせて行動不能に陥れた。仲間の一頭があっさり倒されたのを見たフェンリルの群れは、一旦襲い掛かるのを止めて、クリスタを半包囲しようと位置取りを変えてきている。
奴らがクリスタに集中している今がチャンスだ。俺も「神速」で強化した脚で大回りに迂回し、フェンリルの包囲陣外に回った。そしてタイミングを測り、その一頭に背後から斬り付けた。それも「電撃」付与した剣で。
魔獣の脚が綺麗に吹き飛び、苦痛の咆哮が響き渡った。
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