第14話 パーティ結成

 俺の青春は、ずっとエルザと共にあった。というよりも、俺にとってエルザの存在が、生きている意味の全てだったと言っていい。


 俺に魔法学院を捨てさせて、無理やり冒険に連れだした気ままなエルザ。だけど旅立ちの夜に素敵な……とても素敵で、一生忘れがたいご褒美をくれたエルザ。片時も眼が離せないほど戦う姿が美しいエルザ、そのエルザを守るために必死で身に着けた支援魔法。何度か死にそうな思いもしたけど、とても充実したエルザと二人の冒険者生活。


 だけどパーティに三人目のメンバー、フリッツが入ってからその歯車が狂いだしたんだ。


 確かに戦闘はすごく楽になった。自らの危険を顧みず、敵の攻撃を我が身にひきつけ俺達を守ってくれるフリッツの献身は、本当にすばらしかった。そして貴族であることを……実は王子だったのは知らなかったけど……鼻にかけず、気さくで明るく、まわりによく気が配れるフリッツの人柄に、俺もエルザもどんどん惹かれていったのさ。


 だけど、唐突にその日は来た。ギルド関係の手続きをするため隣の街に出かける途中、俺は忘れ物に気付いて、三人で逗留していた宿に急いで戻ったんだ。そしたらそこで、決定的な場面を眼にしてしまったんだよな。


 そのあとの記憶は、もうめちゃくちゃだ。流血の修羅場にならなかったのは我ながら不思議だ。俺は爆発することもなくエルザをフリッツに譲って、二人が王宮に入る手助けまでした。そこまで割り切って、いや諦めていたつもりなんだけど、あの日から俺の心の半分は、傷だらけで血を流したままなんだ。


 ……追憶から抜けて視線を前に向けると、そこには少女の涙があった。クリスタが翡翠の瞳を見開いたまま、静かに涙を流しているんだ。


「おい、クリスタ?」


「あ、はいっ……ぐっすん」


「クリスタが何で泣くんだよ」


「だって……お兄さんがあまりに……」


 ああ、あの短い時間で、俺とエルザの十数年を、全部読み取ったのか。


「どこからどこまで見たんだ?」


「旅立ちからお別れまで、全部です。かなり細かいところまで」


「ホントかよ?」


 そう言われても、にわかには信じられない。だって十数年分の記憶だぜ、ものすごい情報量だったはずだ。


「本当ですっ! じゃあその証拠に、例えばですね……え~っと、お二人が大人の階段をのぼったのは魔法学院をおやめになった夜で、場所は月明かりの下の……」


 おい、何を言い出すんだこの娘は! しかもよりによって、そこに来るのか!


「待った待った! うん、信じる、信じるから!」


「わかってもらえて、嬉しいですっ!」


「げふんげふん、確かに規格外の能力だ……その年で司祭ってどういうことだよと思ったけど、納得だ」


「えへっ! 褒めてもらえて嬉しいですけど……これでも私が、気持ち悪くないですか?」


「うん、そういうものだと割り切ってしまえば、ね」


 そう、たいがいのことはそうやって受け入れてしまうのが俺の強さでもあり、欠点でもある。そしてクリスタの方を見れば、彼女は何か言いたげにもじもじしている。


「どうした?」


「……えっと……お兄さんは、エルザ妃様とお別れしてから、誰ともパーティを組んでないのですよね?」


「そうだね。組んでないというより、こっちは組みたいんだけど断られているわけなのさ、『王妃の元カレ』の評判がひどく悪いせいで、ね」


 クリスタは頬を紅く染めながら、意を決したように切り出した。


「あのっ! 私、ウィルお兄さんと『パーティ』組みたいんですっ! ダメですかっ!」


 え? そこに来るの?


「いや、あの……パーティって冒険者のチームのことだよ? クリスタは冒険者がやりたいのか?」


「え~とっ、私はあくまで聖職者であるのですがっ! 無任所司祭なので、どこで何をしても構わないのです! お兄さんが私の力を受け入れてくれるなら、一緒に旅がしたいなあ、とか……」


「う~ん、しかしなあ……」


「お願いですっ! 連れてってください! 私のこの能力を、許してくれるならっ」


 俺の右腕をぎゅっと捕まえて、また反則の上目遣いでじっと見つめてくるクリスタ。でも、なんで俺なんかにこだわるんだろう、この娘は。


「う~ん、俺としては組んでくれる相手がいるのはとても嬉しいんだけど。俺とクリスタの相性は、かなり悪いと思うぜ?」


「相性が悪い……っ? ウィルお兄さん、私の顔がお嫌いですか? それともこの騒がしい性格が? ひょっとして……胸が小さいからとか??」


 何でそんな話になるんだ、男女の相性のことじゃねえよ。


「俺は、支援魔法使いなんだよな。だから組む相手を助ける役なんだよ。クリスタも治癒とか催眠とか戦の歌とか……ようは自分で戦うよりは、前に立って戦うやつらを支援する系の能力だよな。アタッカーがいないから、戦闘になると厳しいパーティになるんだよ」


「む~ん、この私がお嫌いってわけでは、ないわけですね……」


「そのくらい、俺の心をのぞいたんだったら、わかっただろ。クリスタはすっげえ可愛いと思ってる」


「むふふっ!」


 クリスタがドヤ顔で、薄い胸を張る。


「まあ、『可愛い』と『女として好き』の間には、深い深い河が流れているけどな」


「いいんです! ウィルお兄さんが私を気に入ってくれたんなら、私頑張りますよ! 壁でもアタッカーでも何でもやります!」


 なぜか、ガンガン売り込んでくるクリスタ。まあ、どうせ組んでくれる相手もいなかったんだし、この娘としばらく旅するのも、いいか。


「わかった、しばらく一緒にやろう。まずは王都まで、アロイスさん一家を無事に護衛するのが、初仕事ってことかな」


「わっ! いいんですかっ! むふふっ、私がんばりますよっ!」


 また悪い癖が出て、状況に流されてしまった。けど、クリスタの満面の笑みを見ていると、まあいいかという気分になる俺だった。


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