第13話 心を見せて

 大したものだ、さすがエリート司祭様、俺についての分析は大正解だ。あんな戦闘後のドタバタの間に、ちょっと交わした会話だけで、そこまでわかってしまうのか、この娘は。


「ご名答だ、さすがだなクリスタ。俺は確かにずっと哀しみを抱えて、だけどそれに流されるように受け入れて生きてる。だけど、それはクリスタの哀しみとは質が違って、あまり品の良いものではないかもなあ」


「女性のことですよね? エルザ王妃様のこと?」


 うん、もちろんその通りなんだ。だけどクリスタ、それをいきなりズバッと口に出してると、またあちこちで追い出されちゃうぜ。俺自身はもう、どうでもいいんだけどさ。


「そう、エルザに振られたことだな。生まれ持った強い力に悩んでるクリスタより、かなり次元の低いとこで悩んでるのさ」


「次元低くなんかありませんよ! 男女和合はルーフェの大事な教えで……」


「まあ、そこはどうでもいいんだけどさ。じゃあ、クリスタの力を見せてくれよ、受け入れてほしいんだったらな。俺の心を読んでみろよ」


 クリスタが、はっとして俺の眼を真っ直ぐ見る。


「お兄さんの心を見ても、よいのですか?」


「いいよ。まだ、クリスタの力を実感できてないからな」


 クリスタの大きな眼が、さらに大きく見開かれる。


「本当にいいのですね。そんなことを言う人は普通いないんですけど……喜んで、覗かせていただきます。じゃあウィルお兄さん、私の眼を見てくださいね」


「ああ」


 深い翡翠色の瞳……本当に綺麗だ。視線を一旦合わせると、視線が外せない。そして俺の中から何かがクリスタのほうに向かって吸い込まれていくような、不思議な感覚が襲う。


 クリスタが、ゆっくりと心象風景を語り始める。


「ここは? ああ、教会の前に広い草原がありますね。そこで遊んでいる子供が二人。茶髪で、青い眼の男の子はウィルお兄さんが小さいときの姿でしょうか。女の子は服装が男の子みたいで、おもちゃの剣なんか持っていますけど、鮮やかな金髪。瞳が燃えるように紅くて、とても綺麗です。眼じりが少しだけ上がっていて、意志が強そうな子ですね。でも、こめかみに傷があるのがかわいそうかな……」


 うっ、マジか。確かに俺の脳裏に、エルザと遊んだ幼い頃がちょっとだけよぎったが、クリスタはそれを読んだ……というより見たというのか。


 クリスタが語る幼い娘の姿は、俺の知っているエルザそのものだ。こめかみの傷なんてのは子供の頃のもので、もう今はすっかり治っている。そんな傷のことを知っている奴はもう俺くらいしかいないだろう。つまりクリスタは疑いなく、俺の記憶からその姿を引っ張り出したんだ。


「そして、女の子が男の子に言います。『私がウィルを守ってあげる』って」


「……降参だ。俺が小さいころ、エルザと過ごした記憶そのものだ」


「あの……私の力、不気味じゃありませんか? 怖くないですか?」


「う~ん、ずっと心の中をのぞかれっぱなしだったらイヤだけどな、クリスタもそんなことはしないんだろ? むやみに使わなければ、いいんじゃないか?」


「……あっさりと受け止めてもらって、びっくりです」


「俺は眼の前の現実を、素直に受け入れるタイプなもんでな。だけどその力、人に知られてはいけないぜ。やましいことを考えている人間はいっぱいいるからな、そういう奴はクリスタを消そうとしかねない」


「よくわかります。教会の外でこれを知っているのは、実家のリーゼンフェルト家の者……他にはお兄さんだけです」


「うん、それでいい」


「あの……この力を知った後でも、ウィルお兄さんは、私がそばにいて平気ですか?」


「そうだな。クリスタに何かを隠してもしようがない、ということがわかれば、あきらめて隠さないっていうだけだからなあ」


 そう、俺って良く言えば柔軟だけど、悪く言うと流されるタイプなんだ。状況が変わったらそれを受け入れて、流れに沿って生き方を変えていくんだ。だからエルザがフリッツのところに行っちゃっても、二人を嫌いになれなかったし……むしろ助けちゃったりしたからなあ。


 クリスタはまだ不安そうに、上目遣いで俺を見ている。その視線は心臓に悪いから、やめて欲しい。う~ん、どうしたらクリスタに、俺のことを信じてもらえるんだろう?


「そうだ。せっかくだから俺とエルザの十数年を、全部のぞいて見なよ。俺の人生、ほとんどエルザと一緒だったからな、別れてからのここ二年を除けばね。そうしたらもう、クリスタに対して隠すことなんかないから、その力を恐れることもないってわけだ」


「それは……とっても知りたいですけど、本当にいいのですか?」


 意外そうな顔を向けてくるクリスタ。


「いいよ。だけど、そしたら俺を信じてくれるよな」


「は、はいっ! で、ではっ……私の眼をもう一度見てくださいっ!」


 俺は自然に心を開け放って、クリスタの翡翠のような瞳を見つめた。そしてエルザとの出会い、幼い友情、そしてともに旅立った日、そんな思い出を次々と頭に浮かべた。


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