第12話 法術の秘密

「ルーフェの法術は、『癒し』に限らず、基本的にほとんどの術が、精神操作なんです」


「心を操る、っていうことだよな? 『戦の歌』の噂は知っているがなあ」


 ルーフェ教会の「戦の歌」は、戦士たちの間で一種の都市伝説のように語られている。その歌を聴いた兵士の恐怖心や打算を一切消し去って勇気を与え、ひたすら戦うことに集中させる術だというのだ。


 人間はどうしても恐れや損得計算が邪魔をして、通常は持てる力の半分程度しか出せないものだが、それを限りなく能力限界に近づけて、命令通りに敵を殺す優秀な戦闘機械に変えることができるのだという。滅多に使われない術であるようで、俺も実際に見たり体験したりといったことはなく、伝え聞いた情報しかない。


「あ、それが典型的な例ですね! ルーフェ教会にはいくつか人の心をいじる術があって、世に知られている『戦の歌』もそのひとつです。まあ、あれは都市防衛の時に使う業ですから、ある意味では民のためになるものなんですが……」


 クリスタは少し話しづらそうな風情だ。


「そうじゃない、ろくでもない『心をいじる術』があるってことか?」


「ええ、そうですね……」


 ほぅっと息を吐いて、クリスタが続ける。


「まあ、代表的なものはですね、無理やり秘密をしゃべらせるとか、暗示をかけて架空の出来事を信じさせることで、思い通りに操ってしまうとか……」


「おいおい、すごい術ではあるんだろうが、どうも人の道に外れる方向のやつばかりだな」


「ですです! そんな術がいっぱいあるって一般の人が知ったら、怖れてルーフェの聖職者や教会に近づかなくなっちゃうじゃないですか、だから秘密なんですよ!」


 クリスタはいたずらっぽく笑っている。確かに自分の心をイジられるとわかっていたら、俺なら金輪際教会なんかに近づかない。う~ん、いきなりディープな話を聞いてしまった。


「だけどクリスタ、そんなヤバい話を、昨日会ったばかりの俺に話していいのか? 俺がペラペラしゃべる奴だったら、教会は困るだろ?」


「あはっ! ウィルお兄さんなら、大丈夫ですよ!」


 クリスタはさわやかに言い切る。口元から白い前歯がのぞいてまぶしい。


「なんで断言できるんだよ?」


 少し、間がある。能天気……もとい明るい彼女にしては珍しく、言い淀んでいる雰囲気だ。こちらを見ずに、視線を床に落として、ようやく口を開く。


「それなんですけど……私、ルーフェの法術に関しては、なぜか生まれつき、かなり才能があるみたいなんですよね。人の心をいじる才能が……そして教会でそういう術の修行を長く続けていたら、他の人がどういうことを考えているか……何となく、ぼぅっとなんですけど、判るようになってきたんですよね……」


「他人の考えが読める?」


「もちろん、こと細かくはわかりませんけど、どういう考え方の人なのかとか、何か悪いことを隠そうとしているか、とか……」


 何か、俺の中で思考の糸がつながった気がする。


「もしかして、クリスタはその能力が強すぎるから、教会を出てきた、いや追い出されちゃったんじゃないか?」


「……はい、ご名答ですね」


「それに……違ってたらごめんな……実家から幼いうちに出なきゃいけなくなったのも、その力が原因なのか?」


「……ピンポンです」


 おどけた返事とは裏腹にクリスタの表情は沈み、その視線はずっと俺の足元に落ちている。


 確かに、そうかも知れないな。自分の考えていることが読まれてしまうかも知れない相手、自分の意識を書き換えてしまえる相手……そんな奴は近くにいて欲しくない、というのが普通の人間だろう。やましいことをまったく考えない人間なんか、この世に存在するはずもないからな。俺だって、エルザに振られてからは、しょっちゅう醜いことを考えてる。


「ルーフェの法術は、眼と声が鍵になります。ちょうど私のような濃い翡翠色の眼を持つものが、最も強い力を有すると言われているのです」


「確かに、クリスタの眼は、惹き込まれそうに綺麗だな」


 少しはにかんだような微笑みを浮かべたクリスタは、すぐまた表情を引き締める。


「ルーフェの法術を学ぶ前……幼い頃から、私の眼は意識せずして家族の精神に影響を及ぼしていたようなのです。この力あるが故に、私は五歳で家族を失いました」


「……」


「そして、ようやく見つけた居場所と思った教会の中でも、私の力を恐れる者、逆に欲する者が争い、結局はまた一人ぼっちに……」


「クリスタ……もういいよ、その話は」


「そうして教会の外に出ても、この力を持っていることを示せば、恐れてだれも近づいてこない……はずでした」


「……」


「そのはずだったんですけど、ウィルお兄さんと出会った時、何か普通の人と違う心だな、この人なら私の力を見せても、受け入れてくれるんじゃないかな~とか都合のいいことを、なぜだか思っちゃったんですよね」


 薄桃色の頬に、その時一筋の涙が流れる。それを見た俺の心臓は、どくんと一回大きく脈打つ。


「それは、俺の心を読んで、そう思ったのかな?」


「そんなぶしつけなことは決して致しませんっ! でも、なぜか、雰囲気っていうか直感っていうか……」


 クリスタは、わたわたと慌てだす。


「雰囲気って? 俺の?」


「そうなんですっ! 何か、とっても深い哀しみを抱えているような。でもそれに逆らわず立ち向かわず、流れるように受け入れているような、そんな感じですね。で、この人だったら、私の切なさを理解してくれるかもしれないとか、ついつい思っちゃったんですよ……」

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