第11話 今夜、お邪魔します

 その日の旅は実に順調だった。


 街道には何の障害もなく天気も良好で、午後四時ころには目的としていた宿場に到着してしまった。俺たち冒険者だったらもう一つ先の街まで、がっついて進むところだが、これは素人の婦人や子供も連れた旅だ、のんびり構えていくしかないだろう。


 馬の世話をしてから軽く剣の鍛錬をして、冷水で汗を流してさっぱりしてからアロイス一家と一緒に食事をする。昨晩はアロイスの個人商館泊まりということで気合の入った食事にありつけたけれど、今日は少し値段お高めとはいえ、普通の庶民も使う旅籠だ。献立は簡単なもので、ヴルスト……要はソーセージだが……とチーズと黒パン、そしてエール。


 昨晩は「なるほどお貴族様」というような優雅な所作で食事していたクリスタだが、今日はくだけたメニューに合わせてか、ヴルストを豪快に頬張っては子供のくせにエールを堂々と銅のジョッキでぐびぐびとあおって、ぷはぁと満足そうな息を吐いている。可愛い娘がオヤジみたいな所業に及んでいるさまは、何か面白い。


「あら? ウィルお兄さん、何かおかしいですか?」


 不意に、クリスタが突っ込んでくる。しまった、ちょっと露骨にじろじろ見つめ過ぎたか。


「司祭様、よろしいではありませんか。ウィル殿も、れっきとした若い殿御なのですよ。貴女様の可憐な美しさに見とれてしまうことも、また自然というもの。ねえ、ウィル殿?」


 アロイスめ、フォローを入れてくれるのはありがたいんだが、返しづらいパスを出すのはやめてほしい。アロイスの妻や娘もニヤニヤと俺の反応を楽しんでいる。これじゃ晒し者みたいじゃないか。


「いや、まあ……クリスタがものを食ってる姿は、面白いなと」


「まあ、私をネズミかリス扱いするのですね!」


「そうではないんだが……むむ」


 う~む、どうも旗色が悪い、防戦一方になってしまう。


「ふふっ! まあ、許してあげます! そうそう、昼間のお約束忘れてませんよね、湯浴みの後には、私の寝室にいらしてくださいねっ!」


 それを聞いたアロイス一家の表情が、一斉に驚きのそれに変わる。間違いなくたった今全員が、あらぬ誤解をしているはずだ。


「おおっ! もうすでに将来を誓われましたか! さすが司祭様の殿方を観る眼は確かですな、ウィル殿のご器量を見抜かれておいでですな!」


 アロイスがあわてたようにフォローする。将来を……ってのは、まああれだ、敬虔なルーフェ教徒にとって男女が一夜を共にするってことは一生添い遂げることを意味するからな。残念ながら、エルザは真面目とは言い難い信徒だったから、ああなっちゃったわけなんだけどさ。


 アロイスはともかく、奥方と娘は完全にドン引きしている。俺がどんな手管を使ってたった一日の間に純真な少女司祭をたらしこんだのか、とか思ってるんだろう。いや、誓って俺は、たらしこんでないから。


「いや誤解、誤解だから! ちょっと内緒の話があるだけだから!」


 冷たい汗をかきながら、必死で言い訳をする俺がそこにいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 誤解のタネを無自覚に振りまきまくったクリスタは勝手に満腹すると、


「じゃあ、お待ちしていますからね、お兄さんっ!」


 弾むアルトで一方的に宣言するなり、湯浴みに行ってしまった。アロイスの妻子も俺に無言のジト目を向けつつ、先に自室に退いている。


「いやはや、ウィル殿、実に驚きですな。お可愛らしい姿に似合わず、司祭様のアプローチが、実に積極的なこと……」


「だからそう言うのとは違うんだって、アロイスさん。なんか難しい話があるみたいでさ」


「そうですかなあ? 私の目には、司祭様の好意がこれでもかというほどたっぷり、ウィル殿に突き刺さっていくのが、見えるのですがなあ?」


「俺たちは昨日会ったばっかだぜ、さすがにそれはないわ……」


「まあ、それもそうですかな。だいたい女聖職者にうかうか手など出そうものなら、ルーフェ神のために一生を捧げるしかなくなりますからなあ、たった一日でその覚悟はできませんわなあ。わっはっは……」


 アロイスさん、それがわかってるんなら、少しは助けて欲しかったよ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 湯上がりで少し頬を上気させたクリスタは、楽な寝間着に着替えている。


「まったく、クリスタの発言のせいで、俺は女たらし扱いされてしまったじゃないか……」


 クリスタの部屋を訪ねた俺は、一応文句を言ってみる。だけど当のクリスタは、涼しい顔だ。


「あら、私はウィルお兄さんのこと、好きですよ! そういう意味では、お兄さんは女たらしかも知れないですね、うん……」


 おいこら、そこで納得するんじゃないぞ。だいたいお前の「好き」は、男女の「好き」とは全然違うだろうが。


「まあ、いいや。昼間の続き、話してくれるんだろ? ルーフェの法術は、心を操るものだとか何とか?」


 俺の言葉に、それまでおどけていたクリスタが、少しびくっと怯えたような仕草で、背筋を伸ばす。


「そうですね。あまり面白い話ではありませんけど、ウィルお兄さんには聞いてほしいのですよ……」


 クリスタのアルトが、さらに沈んだトーンになった。

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