第9話 飲み会は続く

「いえいえ司祭様、あべこべですよ。お可愛らしい司祭様がご一緒に行きましょうとお願いしたので、気乗りのしなかったウィル殿も王都まで私達にお付き合いいただける、という話をしていたんです。なのでウィル殿は司祭殿がお好きなのかなと申し上げたら、歳の差があるからね、と優しくたしなめられたというわけですよ」


 窮地に陥りかけた俺を、アロイスさんのナイスフォローが救う。だけど、この言い方じゃ年齢差がなければクリスタは俺の、どストライクだって言ってるんじゃないか。まあ、否定はできないんだけれど。


 それを聞いたクリスタは、なぜか不思議そうな顔をしている。


「歳の差、ですか? 先日私に求婚してきた司教様は、四十八歳でしたね。それに比べたらぜんぜん問題ありませんけど?」


「四十八? なんでそんなジジイが?」


 とんでもないロリコン野郎だ、けしからん。いや、決してうらやましいわけじゃないぞ。


「たぶん、私の力を受け継ぐ子供が欲しかったんじゃないかと思います。ルーフェの法力は、遺伝しますから。力のある男女からは、必ず強い法力をもった子が生まれるのです。強い法力を持った子を、自らが教会で権力を得る手段として求めていたのでしょう……」


 クリスタのアルトが、少し沈む。しまった、ここは触れてはいけないところだったか。実家から早々に教会に厄介払いされたことといい、ロリコン聖職者に狙われることといい、可愛い顔しているくせにあちこち地雷が埋まっている娘だ。


「まあ、そんな変態野郎のことはともかく、クリスタは若すぎるって話さ」


「だからっ! 子供じゃないんですけどっ!」


 クリスタがグラスにまだたっぷり残っている透明な液体をキュッとあおり、ふぅ~っと大きな息をつく。酒精の力で色白の頬にぽっと血色がのぼってきたのが何とも可愛らしい。


「おいおい、無理すんなよ」


「大丈夫です、ご心配なくっ! それよりウィルお兄さん、冒険者なんでしょ。王国中のいろんなところを旅してきたんですよね。私、旅のお話を聞きたいんです! この間まで、教会にこもりっぱなしで外の世界をまったく見たことがなかったので、興味しんしんなんですよ!」


 はあ、まったく騒がしい奴だな。でも、悪くない。


 それでしばらく、冒険者として過ごした旅の話をした。できるだけエルザのことに触れないように……すばらしい風景や美味い食べ物、そして恐ろしい魔物との戦いを中心として。


 だけど俺の冒険をたどればどこをとっても、どうしたってそこにはエルザの存在があるんだよな。ニコニコ微笑んで時にはケラケラ笑いながら、続きをねだるクリスタに乗せられて次々と昔の話をするたびに、俺の胸の奥が、ちくちくと痛むんだ。もう気にしていないつもりだったのに、まったく女々しい話だよな。


 そして気が付くと、あれほどにぎやかだった居間に静けさがおとずれていた。クリスタの方を見ると、空になったグラスを持ったまま俺に寄りかかって、眠りの妖精に身をゆだねている。その唇はわずかに開いて、規則正しい息遣いが聞こえる。


「ほほぅ、お強い司祭様もさすがにお寝みになられたようですな。私達も続きは明晩にすることにいたしましょうか。ここは私が片づけておきますゆえ、ウィル殿は美しいお姫様を寝室まで、お連れして頂けませんかな」


 ニヤつきながら、「なんならそのまま……」とか小さくつぶやいているアロイスに、さすがにねえよと返しながら、仕方なく俺はクリスタをお姫様だっこして、客用の寝室まで運んでやった。やけに軽い……エルザよりずいぶん軽い身体だな、という感想が浮かんで、また胸がちくっと痛む。俺って弱い奴だよな。


 それにしてもこの娘、かなり自由な心を持ってるらしい。明るくて意志がはっきりしてて、なぜかその姿に引きつけられる。精神の芯がちょっとエルザに似てるかもしれないなと思った俺は、また少し落ち込んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 昨晩の酒がやや残って、動きの重い身体を朝食のテーブルに無理やり運ぶと、そこにはもう朝食を終え、紅茶をたしなみつつ奥方や娘ときゃっきゃと戯れるクリスタの姿があった。昨晩しこたま飲んで寝くたれていた名残は、まったく窺えない。


「ウィルお兄さん、おはようございますっ!」


「クリスタ、昨日は結構飲んでたはずじゃ、なかったか?」


「ええ、たっぷり頂きましたよ! だけど、言ったでしょお兄さん、私は十一歳からお酒の修行を真面目に積んで来たのですから、強いのですよ!」


 ガキの頃から飲んだって強くはならねえだろ、と思ったが、そこには反論しない。その代わり所在なさげに座っているアロイスに実務の話をする。


「俺はゴブリンの魔石をギルドで売却してこないといけないからちょっと時間をもらうんだが、出発は何時って考えておけばいいかな?」


「え? ウィル殿、お見せいただいた魔石は、私が買い取らせて頂きますよ。少なくともギルドの出す額より五割増しで、ね」


「お、本当かい? そりゃ助かるが、そんな高値でいいのかな」


「これも仕入の一環ですよ、魔石は魔道具の動力として常に需要がありますからね。何しろ、ギルドから買い入れると非常に高くつくのです。冒険者の皆さんから買い取った額の、ほぼ二倍を吹っ掛けてきますから。なので直接購入できるチャンスは実に貴重なのですよ」


 そうだ、ギルドは一事が万事、この手のひどいピンハネをしている。まあ、冒険者たちを路頭に迷わせないよう、いろいろ細かい世話をしてくれているのは事実だから、それを一概に悪とは言えないのだが……


「なるほどなあ。俺もアロイスさんもウィンウィン、ってわけだ。そんなら有難い、買い取ってもらうことにするよ」


 そうか、五割増しとは思わなかった。これは王都でかなり羽目を外しても、軍資金は大丈夫だな。


「というわけですので、荷造りしたらすぐにでも出かけることにしたいですな」


◆◆作者より◆◆

お陰様でカクヨムコン 異世界ファンタジーランキング43位になっているようです。とても嬉しいです、応援ありがとうございます。

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