第7話 王都へ行く?
「うふふ。街道には山賊盗賊のたぐいが、かなりの確率で出るんですのよ。ウィルフリード様はお強いですからそんな必要はないのでしょうけど、私ども商人は身を護る手段を講じませんと。幸いなことに盗賊にもルーフェの信者が多いわけですからね、ルーフェの神官旗を馬車に掲げてさえおけば、決して襲っては来ないというわけで……下手な護衛を雇うより、よほど確実なのです。ですから私達が司祭様に、ご同行をお願いしているんですのよ」
アロイスの妻がニコニコと微笑みながら、フォローを入れてくる。丸顔で少したれ目の、優しそうな婦人だ。十二、三歳と見えるストロベリーブロンドの可愛らしい娘も、うんうんとうなずいている。その娘は先ほどからずっとクリスタを熱く見つめている。少しばかり年上の、美しくも強い同性なのだ、憧れずにはいられないのだろうな。
「そんな訳で今回は盗賊を気にせず安全で気楽な旅ができると思って、すっかり油断しておりましたわけで。しかしまさか街道沿いにゴブリンの群れが出るとは予想外でした。司祭様の棒術とウィル殿の加勢がなければ、今頃どうなっていたことやら」
アロイスが最後の豚肉を赤ワインで流し込みながら、不思議そうな表情をする。実は、俺もそこが疑問だったんだ。
「確かにあれはおかしかったよな。ゴブリンだってバカじゃない、わざわざ街道に出てくるなんて真似は普通しないよな。いったいどこから来たのやら」
「近くの迷宮から湧いてきたとばかり思っておりましたが、違うのですかな?」
「いや、丁度その頃、俺がそこの迷宮の浅階層でゴブリンを狩りまくっていたんだよね。だから外の森になんか、逃がしはしていないはずだ。一体や二体ならともかく、あんなに多くを討ち漏らすことは、絶対にあり得ないな」
俺は持っていた革袋の口を開け、バイエリッシェヴァルト迷宮でゴブリンを倒して奪った魔石を見せてやる。まだちゃんと数えていないが、おそらく二百五十個くらいは、あるはずだ。アロイスとその家族が、その量に目を丸くする。
「いやはや、ウィル殿がここまでお強いとは驚きました。しかし迷宮からではないとすると、あのゴブリンはいったい?」
「う~ん、皆目見当もつかないな。一応冒険者ギルドには異常報告しておくけれど、このへんの街道を旅するなら、しばらく用心して護衛を増やさないといけないようだな」
俺の言葉を聞いて、アロイスがあごに手を当ててしばらく考え込んでいる。そして不意にいいことを思いついたとばかりに、はたと手を打った。
「おお、そうです。ウィル殿も王都シュツットガルトまでご一緒していただくことはできませんかな? 我ら一家は王都の商館まで行かねばならぬのですがね、肝心の護衛があんなことになってしまいまして。ウィル殿と司祭様に同行いただけるのならば、実に安心なのですが。もちろん宿泊と飲食はこちらでご用意しますし、失礼でなければ護衛としての謝礼も十分にお渡しいたします。いかがでしょうかな?」
「え? クリスタもアロイスさんと一緒に、王都へ行くのか?」
「そうなんですっ! 私、一度も王都に行ったことがなくって! せっかく自由に動けるのだから、まずは都の華やかなあれやこれやを見たいなと思っていて……とても楽しみなんですよ! ウィルお兄さんも一緒に行ってくれるんなら、とってもうれしいんですけどっ!」
カトラリーを握る手にぐっと力を込めて、いきなり食いついてくるクリスタ。形の良い目が一回り大きく見開かれ、翡翠の瞳が期待にキラキラ輝いている。弾むアルトでグイグイ迫られると、何か断りがたい。
「ウィル殿に別途急ぎの御用がおありなら、致し方ないのですが……」
アロイスが遠慮がちに俺の方をうかがう。いや実を言うと、とっても暇なんだよ。ゴブリンの魔石を売ったカネで、一ケ月くらい遊んで暮らそうと思っていたくらいなんだから。
だけど、俺にとって王都はちょっと居づらい場所なんだよな。あそこには、国王夫妻となったフリッツとエルザがいるんだぜ、それも仲睦まじく並び立って。そしてそういう土地だけに、「元カレ」への風当たりもまた、一番強いところなんだよな。
「う~む……」
「ウィルお兄さんっ! ね、行きましょうっ!」
そんな子犬みたいに期待にあふれた、くりくり眼で見つめるなよ。
「ダメ……ですか?」
うわっ。そこでその上目遣いは反則だろう、あざと可愛すぎる。濃い翡翠色の瞳に、吸い込まれそうだ。う~ん……
「……わかった、行こう」
「やたっ! 王都に着いたらいろんな所を案内してくださいねっ! まず王宮と、それから夜市とぉ……」
アロイスの方を見ると、ニヤリとして親指を立てている。なんだか、この腹黒商人にハメられたような気もするんだけどなあ。
だけど……まあ、この元気娘としばらく旅をするのも、悪くないかも知れない。
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