第4話 司祭様?
俺の知識によれば、ルーフェ聖職者にとっての出世すごろくは、大体において以下のようなものだ。
聖職者の子供、貴族家に生まれたけど跡継ぎにできない子、あるいは市井にあって見どころのある子供なんてのを七歳か八歳くらいで選抜する。神殿に住まわせ見習いとして下働きなどをこなさせつつみっちりと教育を施し修行をさせ、十八歳くらいでようやく神官の位が与えられるのだ。
ある者は地方の教会で、ある者は中央教会でひたすら神官としての経験を積み、その中で選ばれた者だけが三十五歳から四十歳くらいで、めでたく司祭職に任ぜられる。普通の聖職者にとって、出世のゴールはせいぜいここまでだ。
そして更にごくごく選ばれた者だけが五十歳前後でようやく司教となるはずだが、そこに至る為には実家が貴族だとか巨額の寄進とか、そういう実力以外の要素が大いに必要になるのだと聞いている。さらにその上の枢機卿とか教主とかいうのは、俺の乏しい知識の外だ。
「君、たった十五歳で……司祭だって?? ええっ?」
そう聞いても、にわかには信じることはできない。だがこの娘がたった今まとっている青い法服は……言われてみれば確かに、教会の中央祭壇に立って一番偉そうに説教をしていた司祭のジジイが着ていたものと、同じデザインに見える。
「ええ! 私、十一歳で神官に任ぜられ、ほんのこの間、司祭に昇格いたしましたっ!」
一体全体なんなんだよ、その恐るべき飛び級ぶりは。
「それって、教会では普通のことじゃ、ないよね?」
そう聞くと、それまで元気いっぱいだった少女の表情がちょっとだけ、微妙な陰りを帯びる。
「……そう、ですね。ちょっと、いろいろ事情がありまして。司教の方に『試験』を受けさせられて。思わず、勝ってしまったんですよね……」
昇格試験に「受かった」んじゃなくて、「勝ってしまった」なのか? かなりおかしな言い回しだが、それ以上具体的に聞かれたくなさそうな雰囲気を彼女の表情から読み取り、空気の読める俺は素早く話題を変える。
「そうか、いずれにしろ若いっていうのに偉いもんだな。ああ、まだちゃんと自己紹介もしていなかったな、俺はウィルフリード、ごらんの通りの冒険者で、二十四歳になる。専門は支援魔法使いだ、王都魔法学院を中退しちゃっているから、まともな経歴はないんだけどね」
「ふうん? あれだけ強い支援魔法を、ものすごく短い詠唱で使える人なんですから、きっと有名な魔法使いさんなのですよね?」
少女は愛らしくこてんと首をかしげる。う~ん、やっぱりアレを言わないと、ダメなんだろうな。まあ、後になってがっかりされるより、先に言っておこう。
「まあ俺の場合、有名というより悪名が高いみたいなんだよね。『王妃の元カレ』っていう、実にありがたい二つ名がついちゃっていてね」
ありがたくない二つ名を口にした瞬間、眼の前の少女ではなく、傍らに立つ商人アロイスの表情が、いきなりこわばった。
それはそうだ、情報が命の商人が、人口に膾炙している「王妃の元カレ」の悪評譚を耳にしていないわけがないからな。彼の記憶にある悪評が、暴力バージョンなんだか弱虫バージョンなんだか変態男バージョンなんだかまでは、わからないけれどね。
しかし聖職者の少女はその二つ名を聞いても、不思議そうに首をかしげるだけ。そしてやがて、興味津々といった風情でグッと食いついてきた。
「王妃の……って、あのエルザ様ですかっ? お兄さん、エルザ様とお付き合いされていたのですかっ? うん、これだけ強いお兄さんですものね! 彼女も素敵な方でないとですよね!」
少女は翡翠色の眼をキラキラ輝かせて、次の展開を期待しているようだ。あれ? こういう反応になっちゃうの? これは、予想していなかったんだが。
このままいくとマズいところに踏み込んでしまいそうな空気を読んでくれたのか、商人アロイスが俺たちの会話に割り込む。
「ああ、失礼ながら司祭様。そろそろ街に向けて出立しないと、倒れている者が弱ってしまいますが……」
「あ、そうでした、私としたことが申し訳ありませんっ! すぐ準備いたします! あっ、お兄さんも一緒に街まで行ってくれますよね、またお話したいのでっ! そうそう、申し遅れました。私はルーフェのしもべにして司祭、クリスティアーナ・フォン・リーゼンフェルトです、クリスタとお呼びくださいねっ!」
フォン……だと?
なんとこの娘、お貴族様だったのか。貴族のご令嬢というのは、もう少し物静かで嫋やかなものなんだと思っていたんだが、ずいぶん勇ましいお転婆娘じゃないか。まあ、平民の俺とは、縁のない女の子だったっていうことかな。面白い子だったから、ちょっと残念だけど。
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