第3話 翡翠の乙女
電撃ショックで倒れているだけの奴らに全部止めを刺し、ついでに魔石を回収していく。まあこのくらいは、俺の小遣いの足しにしてもいいよな。
相変わらず乗客の女子供は騒いでいるが、馬車のキャビンから中年の、やや肥り始めた温和な表情の男が、ゆっくりと降りてくる。
「ありがとう、旅のお方。不意打ちを食らって、我々の雇った護衛はこの有様でございまして。あなた様が助勢してくれなければ、妻子もろとも殺されているところでしたな。実に水際だった戦いぶりに、本当に感服いたしました。私はアロイスと申す者、自分で申すのも何ですが、それなりに名の売れた商人でございます。この御礼は街に着いた後、きちんとさせていただきますぞ」
「過分にほめてくれて、ありがとう。俺は冒険者ウィルフリードという、たまたま良いタイミングで街道に出てきたみたいだ、ラッキーだったってことだろうな」
特に謙遜もせず、俺はフラットに答える。助けた相手が商人であるならば、謝礼はもちろん形あるものでたっぷりと頂くつもりだ。
「そして、ルーフェに仕える娘御よ。献身的なお働き、誠にありがとうございます。貴女様が身体を張ってゴブリンどもを食い止めてくださらねば、ウィルフリード様の到着を待たず、我々は全滅していたことでしょう。聖職者の方、しかも女性とは思えぬほどのご武勇、感じ入りました」
そうか、この娘は……ルーフェの神官なのか。
農業と牧畜、そして男女和合を司るルーフェ神は、この大陸で広く信仰されている。一神教とは思えないほど実におおらかな教えで、信者が他宗の神を併せ崇めてもまったく構わない。ルーフェの聖職者がみな薬師としての知識を持って民の暮らしを助けていることもあって、ノイエバイエルン王国においてはほぼ八割、大陸全体でも六割ほどは、ルーフェの信者だと言われている。もちろん他宗教との掛け持ちも含めてなのだが。
俺は、宗教なんか心を落ち着けるための方便くらいにしか思っていないが、「無宗教」と名乗ると変な奴扱いされ、訪れる地域によっちゃ殺されかねない。だから表向きはルーフェ教徒であるということにしている。もっとも教会なんか、ここ数年行ってないけどな。
商人アロイスに賞賛された娘は、倒された護衛の男たちの生死を確認していたが、こちらを振り向いて大きく息をついた。
「こちらの方々の怪我は重いですが、内臓は無事のようですので何とか助けられそうですねっ! 私達は人々の生命を守るのが務めですから、当たり前のことをしたまで、礼には及びませんよ! ああ、私の行李から薬草袋をとってくれませんか。そうっ、その袋ですっ!」
娘は手際良く薬草の粉を水筒の水で練り、湿布を作って男たちの負傷部に手際よく当ててゆく。その横顔は幼さを残す、どうみても少女のものだ。身にまとっているのは、俺にも見覚えのあるルーフェの神官服。
だけど俺の記憶にある神官の服は、白いやつだった気がする。少女の着ている神官服は、濃い青色に金糸の縫い取りがあったりして、デザインがちょっと変わっている。あれと同じような服はどっかで……そういえば、祭壇で説教を垂れていた偉そうなジジイが、青いのを着ていたかも知れない。まあ、どうでもいいか。
少女の瞳は濃く深い翡翠色。その眼の輪郭は大きく、吊り上がってもいなけりゃ垂れてもいない。その白目は本当にゆで卵みたいに真っ白で綺麗だ。眉は細いけど、黒黒と濃く、少しだけ外側が上がって、意志の強そうな印象を与えている。シャープな小顔に小さく可愛い鼻、頬はやや上気して、その若さを示しているかのようだ。口も小さいが、唇の朱色が鮮やかで、とても印象的だ。まあ、一言でいってしまえば、めちゃくちゃ可愛いってことだ。
「あっ、魔法使いのお兄さん、加勢ありがとうございましたっ! もう、私の棒術だけじゃどうしようもなくてですね。でも魔法掛けてもらったら、まるで別の武器になったみたいで……すごかったです!」
少女の横顔に見とれていたら、不意打ちで話しかけられた。その声は年若い少女としてはやや低音だが、跳ねるようなリズムが可愛らしく、心地よい。弾むアルト……とでも表現すれば、よいのかな。
「あ、ああ……役に立って良かったよ。普通は不意に支援魔法を掛けられると、感覚が狂って動きが変になってしまうことが多いんだが、君はすぐにちゃんと使いこなしてくれたよね、さすがだな」
「ええ、ちょっとびっくりしましたけど、そんなこと言ってられませんからっ!」
う~ん、元気いっぱいだ。若いっていいよなあ。
「で……失礼だけど君、かなり若いみたいだけど、年はいくつなの?」
「十五ですっ!」
え? その年で正式な神官位って、若すぎないか?
「あのさ、ルーフェの神官って、そんな子供……いや失礼、若くてもなれるものなの? 普通は、十八くらいまでは見習いだって聞いたことがあるけど」
「あはっ。私、神官ではありませんよっ!」
そうだよな。やっぱりおかしいよな。
「そっか。でも神官じゃなかったら、なんでそんな格好してるんだい?」
少女はきょとんとした表情をしていたが、やがて破顔した。
「あははっ! 私、神官じゃなくて、司祭ですからっ!」
えっ? どういうことなの?
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