第2話 ゴブリン

 粗末な棍棒を手にして一斉に襲ってくるゴブリンの群れを、電撃魔法を付与した剣で撫で斬りにすれば、十体ばかりが一颯で倒れる。


 弓を使う個体がちょっと厄介だが、矢を放つ瞬間をよく見てさえいれば、身体強化で数倍となった運動速度で軽々とかわすことができる。そして次の瞬間にそいつの懐に飛び込んで剣を振るえば、何の問題もない。

 

 この間の件もあって、冒険者のパーティに入れてもらうことは、しばらくあきらめることにした。そうは言っても日々の費えを稼がねばならないわけだから、近場にあるバイエリッシェヴァルト迷宮の浅階層で、しこしこと雑魚……ゴブリン狩りにいそしんでいるというわけだ。


 俺の本業は魔法使いなのだが、剣も人並みには使える……あくまで人並み程度なんだけどな。だけど自分の身体や剣に、俺の得意な支援魔法を加えてやれば「人並み」であった腕前は「達人」級に変わる。このあたりに出現する低級の魔物程度なら、いくら数が来ようが敵じゃない。


 冒険者がこれでもかというくらい押し寄せて探索が進んでしまっている迷宮の、それも浅い階層だから、レアな宝物を発見して一獲千金というような可能性はないし、討伐する魔物一体一体から上がる収益も決して多くはない。だけどこうやって無双してひたすら数をこなせば、それなりの稼ぎにはなるというわけだ。ゴブリンは繁殖力が半端じゃないから、狩りつくす心配もしなくていいしな。


 今回は腰を据えて稼ぐつもりで、二泊三日の討伐準備をしてきた。三日目の今日までに、正確には数えていないがゴブリンをざっと二百五十体ばかり倒して、同じ数の魔石をゲットしている。


 ああ、魔石ってのは魔物たちの生命力が凝縮したもので、人間族が使うランプとかヒーターといった魔法機械の動力源になるんだ。これがあるおかげで、都市は薪や石炭のススによる環境汚染から免れているわけなんだ。だから常に需要があって、それなりの値段で確実に売れる。冒険者なんて怪しい職業が存在を公に認められてる最大の理由は、この魔石を集める役目があるからなんだ。


 かき集めた魔石を全部ギルドに売り払えば、確実に一ケ月は遊んで暮らせるだろう。そう判断した俺は、意気揚々と街への帰途についた。


 本当のことを言ってしまえば、俺はもうチマチマ小金を稼ぐ必要はないんだ。


 エルザを寝取った罪悪感を忘れられないフリッツは……基本的にいいやつだからな……小さい城が建つくらい巨万のカネを、俺のギルド口座に入れてくれているのだから。まあ、やつの即位に協力した報酬って意味も、もちろんあるんだろうけど。


 だけど……このカネに手を付けたら最後、それこそ口さがない民衆どもに、「『王妃の元カレ』ウィルフリードは、恋人を売って大金をせしめた、どうしようもないクズ男」と、ののしられることが確実だ。罵倒されるには慣れた俺だが、あれだけ愛していたエルザをカネに換えたと言われることには、さすがに耐えられそうもない。


 まあそんなわけで、自分の食いぶちや遊ぶカネに関しては、こうやって汗を流しつつ稼がないといけないわけだ。本当は仲間と一緒に迷宮のもっと深層に潜って、未知領域の探索や秘宝探しをしたいんだけどな。


 迷宮を出ると、そこはバイエリッシェの森だ。針葉樹がびっしりと密生して日当たりが悪い暗い雰囲気の森だが、地面には灌木が少なくコケのたぐいしか生えていないので行動しやすい。迷宮から一時間も歩けば、馬車も通る街道に出られるはずだ。


 だが、もうすぐ街道に出るかというところで、俺の耳にただならぬ騒ぎが聞こえてきた。馬のいななき、鋼の鳴る音、さらに娘の悲鳴……それに混じってグエッグエッというゴブリンの声も確認できる。街道にゴブリンが出るなど、極めて珍しい事例だが……どうも旅人が襲われているようだ。さすがに冒険者のはしくれとして、知らぬふりはできないだろう。


「我に、隼のごとき速さを与えよ……神速!」


 俺は自分自身に速度強化の魔法をかけると、街道に向かって一気に走った。視界が開けた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、手に手に棍棒を持ったゴブリンに囲まれている馬車と恐れおののく乗客達、おそらく護衛であったらしい、すでに打ち倒された男たち。


 そして、ただ一人ゴブリンの群れに立ち向かっている、うら若い娘。


 翡翠のごとく碧いセミロングの髪に、同じく翡翠色の瞳。背丈とほぼ同じくらい長い木棒を器用に振るって迫りくるゴブリンをはじき返しているが、若い女の膂力では、後退させることはできても打ち倒すまでには至らない。多勢に無勢、娘の額には汗が流れ、ゴブリンどもは小癪な獲物をこれからたっぷりいたぶる期待に、下卑た笑いを浮かべている。


「加勢するぞ! その杖に稲妻よ宿れ……電撃!」


 俺はまず娘の武器に目一杯の電撃効果を付与した。ただの木の棒であったものが、妖しく青白い光を放つ。娘は一瞬驚いたものの、すぐ状況を理解して棒を振るい、二体のゴブリンを打ち据えた。打たれたゴブリンは一撃で麻痺して地に倒れ、それを見た他のゴブリンは怯み、攻撃を躊躇する。


 今がチャンスだ。俺は魔法で強化された速度を利用して、一気に娘を囲んでいたゴブリンの壁を突破し、娘の背後から襲い掛からんとしていた三体の敵を斬り伏せる。そうしている間に娘も三体のゴブリンを打ち倒している。非力ではあるが、なかなか冴えた棒術だ。


 残る数体は形勢不利とみて、こちらに背を向けて逃げようとするが、逃がすわけにはいかない。俺は一気に間合いを詰めると、奴ら全部の背中に斬撃を浴びせて、決着をつけた。




◆◆作者より◆◆

公開初日からさっそく多くの方に読んでいただき、嬉しいです。

頑張って公開してまいります。

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