【完結】王妃の元カレ

街のぶーらんじぇりー@種馬書籍化

第一部 元カノは王妃様

第1話 プロローグ

 伝承によれば、「エッシェンバッハ王朝、中興の祖」と呼ばれるフリードリヒ三世は、先代王の第四王子であった頃に皇太子であった兄に疎まれ、市井に降り冒険者として身を立てていたのだという。


 そこで王子は美しくも勇ましい女剣士エルザと出会い、冒険のパートナーとしてともに魔物と戦い、深き迷宮を探索した。手を取り助け合う若い二人はいつしか激しい恋に落ち、やがて身分の差を越え結ばれる。


 フリードリヒはエルザと共に幾多の苦難を乗り越え、やがて王となった。王は冒険者として市井で、迷宮で、そして戦場で積んだ貴重な経験を、内政に外交にそして戦争にと十全に活かし、衰退へ向かいつつあったノイエバイエルン王国を、再び大陸随一の強国として立て直したのだという。


 そしてエルザは王妃となった後も妃将軍と称され、自ら軍の先頭に立ってその剣を振るい、王と王国の危機を何度も救う英雄となった。


 ドラマチックな二人の武勇と冒険、そして恋愛は多くの吟遊詩人達が唄い継ぐところとなった。そして名筆エックハルトの手になる長編小説「フリードリヒ三世と美しき剣姫」は、王国内のみならず大陸全体で超ロングセラーとなり、すでに数百年を経た現代に至っても、多くの若き男女の胸を熱くさせている。


 だが、現代に伝わる吟遊詩人の叙事詩にも、洛陽の紙価を高めたエックハルトの大河小説にも、冒険者として苦楽を共にしたはずのパーティ三人目……二人を支えた稀代の支援魔術師については、まるで言及することに不都合でもあるかのように無視されている。語り継がれている冒険譚だけ見ると、まるで最初から存在しなかったかのようなのだ。


 しかし最近の研究によると、フリードリヒ三世の御代には「三人目」の支援魔術師はかなり有名な存在であったらしく、忘れようにも忘れがたい二つ名を冠せられられていた模様であることがわかってきた。その二つ名とは……


 「王妃の元カレ」という。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「申し訳ないのだが、パーティ加入の話は無かったことにしてほしいんだ」


 先日「お試し」で加入し、一緒にいくつかの遺跡探検をしたパーティのリーダーが、言いにくそうに切り出した。思わず俺は問い返す。


「遺跡の探索では、ずいぶん役に立たせてもらったんじゃないかと思っていたんだがな……俺の支援魔法は、あんたたちの気に入らなかったかい?」


「いや、君の支援は実にすばらしかった。この僕も、自分が剣の達人になったんじゃないかと錯覚するくらいだった。加入をお断りする理由は、君の能力の問題じゃないんだ……」


「と、言うと?」


 また、いつものイヤな予感が湧いてくる。


「君の二つ名は、『王妃の元カレ』というのだろう?」


「ああ。俺が名乗ったわけじゃないけど、そう呼んでいる奴らがいっぱいいるのは知っているよ」


「うん、それで……パーティの女魔術師がその二つ名を聞いたら、君と組むのは絶対イヤだとやおら言い出してしまってね……うちは彼女の火力がないとやっていけないからさ……」


 ああ、またこれなのか……


 確かに現王妃のエルザ……エリザーベト・フォン・エッシェンバッハは、かつて俺の彼女だった。ついでに言うなら、国民の人気が極めて高い現国王フリードリヒ三世……フリッツとは、エルザと三人でパーティを組み、いくつもの困難な冒険を共に乗り越えたものだった。


 そうさ。俺は幼馴染で彼女だったエルザを、同じパーティにいたフリッツに、寝取られちまったというわけなのさ。


 まあ、そのへんの事情はいろいろあって、俺はもちろん腹も立ったしものすごく落ち込んだけど、フリッツは下半身以外の面ではとてもいい奴だったし、エルザの幸福を第一に考えたら仕方ないと……無理やりだけど、割り切ったつもりだ。そして、第四王子で王位継承権七位というおミソのようなポジションにいたフリッツが、ゴタゴタの末に王位に就くにあたっては、一肌も二肌も脱いだはずだ。


 だけど、世間の人々はどうも、俺を悪者にしたくて仕方ないらしいんだ。そりゃあそうだ、どう誤魔化したって、フリッツがエルザを俺から寝取った事実ってのは消しようもないわけで、フリッツを英雄視したい国民にとっては、どうも都合が悪いんだからな。


 そうなると「エルザ嬢の元カレは許しがたいほど悪い奴で、フリードリヒ王子は哀れな乙女を救うために手を差し伸べたのである」というストーリーをでっちあげるしかない、ってことになるわけさ。


 かくして、ノイエバイエルン王国の民には、いくつかの俗説が流布されていて、それは全部俺をクソミソにけなしたものばかりだ。例えば……


 ひとつ……元カレのウィルフリードは女癖が悪く、エルザからカネを奪っては他の女に貢いで、彼女の悲しみは一顧だにしなかった。見かねたフリードリヒ王子は……

 ふたつ……ウィルフリードは精神が不安定で、夜な夜な些細なことで怒ってはエルザに暴力を振るっていた。それを許せなかったフリードリヒ王子は……

 みっつ……ウィルフリードは冒険者としては全く役立たず。いつもエルザの足を引っ張ってはピイピイ騒いでいた。エルザは献身的に彼をかばっていたが、弱すぎるウィルフリードをかばいきれず大怪我をした。それを救ったのがフリードリヒ王子……


 まあ、主なストーリーとしちゃ、こんなところかな。あとは俺が酒乱だとか、どうしようもない変態性癖の持ち主だとか、他にもいろんなバリエーションがあるんだ。本当に笑っちゃうよな……主人公が俺じゃなければ、なんだけどさ。


 というわけで、「王妃の元カレ」という二つ名を世間の人たちが口にするときは、それは必ずネガティヴな意味を込めてなのさ。たとえ根拠のない創作話でも、多くの人が語れば一般人はそれを信じるようになり、俺に対する世間の印象は、どんどん悪くなっていくわけだ。


 そして冒険者の中でも徐々に敬遠されてきた俺は、結局フリッツが王になって冒険者をやめてからというもの、まともにパーティを組んでもらえない日々が続いている。向かいの席に座ったまま落ち着かない様子で汗を拭いている、くだんのパーティリーダーの様子を見る限り、どうもこの状況は当分続きそうだった。


 仕方ない、しばらくはソロで食っていくしか、ないんだろうな。

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