第26話 こんな愛の告白はいかが?
アシカショーが終わり、再び俺と木掛さんペアと、お邪魔虫ペアは別行動を開始した。別行動といっても、もう四人で水族館を見て回っているようなものだ。
だって――
「ねっ、あそこの喫茶店でコーラ飲もうよ。みんなでアシカの凄さを語り合わない? わたしってばさ、ちょっと感動したわけよ。やっぱりね、海の生き物って最強ね。母なる海だし。一時間は余裕だね。あっ、でもわたしが一方的に喋っちゃうかも、たはは」
興奮冷めやらぬカナコが堂々とこちらに話しかけてきたのだから。
この強引な提案に、木掛さんが困惑した様子で、俺とカナコたちをきょろきょろ見てしまうハプニングも発生した。
当然、その提案はやんわりと拒否。
逃げるようにその場を後にした。
って。
なんで、俺たちが夜逃げみたいに退散しなければならないのか不明だが、やむを得ない。
俺は目を丸くする木掛さんの手を引き、ペンギンコーナーへと向かった。屋内はアシカショーの特設ステージだけでなく、喫茶店にアイスの露店や展示会場などが設けられており、賑やかで楽しい。どうやら、期間限定の展示場が人気のようで、これまたカップル、ファミリーが列を成していた。
ちなみに、咄嗟の事とはいえ、木掛さんの手を握ったが、彼女は特に嫌がる素振りは見せなかった。
汗ばんだ手のぬくもりにどきどきしてしまう。
これも怪我の功名ってやつか。
頭上に設けられた透明なチューブを縦横に回遊するペンギンたち。
木掛さんは「わあ~」と嬌声を上げて、振り返る。
「アシカって可愛いですよね。アシカショーってやばすぎですね」
少し、風景と会話がずれているのだが、そこがまたいい。木掛さんの弾んだ声に合わせて、濃紺のスカートが風に揺れる。
「なんか、最後は隣のお客さんも、興奮気味に私たちに声を掛けてきましたね。私も気持ちわかる~って感じでした。あれ? そういえばあの人たち何処かで見た気が……」
「いや、気のせいじゃありませんか」
「そうですか? なんか、私たちを知っている感じが……。しかも派手だし……」
「他人の空似ですよ。木掛さんが楽しかったらそれが一番です。実は心配だったもんで」
「えっと……心配って、どういう意味ですか?」
木掛さんは頭上に『?』マークを浮かべて、俺の顔を覗き込む。
「い、いや」まずい。あの二人のことを悟らせるわけにはいかない。「木掛さんみたいな素敵な人だったら、もしかして他の人とも、ここに来たことあるんじゃないかと思いまして。何回も見たって思われたら、どうしようかと思って、ははは」
あんまり良い返しではないが、咄嗟に思い付いたフォローを入れると、木掛さんは意味深に笑った。
「私、そんなにもてませんよ。ここに来たのも初めてです。いや、違うか。子供の頃に家族で来たことはありますけどね」
こ、これは……。
咄嗟の急ハンドルで思わぬ会話の糸口が見つかるとは。
「木掛さんって……」
「って……?」
木掛さんは、その続きを期待するように潤んだ瞳をこちらに向けた。
心臓がドクンと脈打つ。
緊張して必要以上の汗をかいていることがいやでもわかる。
この続きって、今なら自然な流れだよな。
でも、これを言ったら流石に相手もわかるよな。
いや、もうわかってくれた方がいいよな。
今が絶好の機会だろ……!
「彼氏とか、好きな人とかいるんですか?」
どうなんだ。
焼けるような緊張が全身を覆う。
だが、木掛さんは予想に反して少し怪訝な表情を見せた。
「えっと……。私、受付って仕事には、誇りっていうか、真面目に取り組んでいますので……。そんな感じではない、です。はい」
……(①想定外)。
………………(②疑惑)。
………………………………っ(③確信)。
し、しまったああー!!!!
大変失礼な言い方かもしれないが、相手は木掛さんだった。
全っ然、俺の真意が伝わっていない!
『彼氏いるんですか、好きな人いるんですか』=『あなたに気がありますよ。つまり、あなたのことが好きですよ』
という質問なのだが、まさかこの質問が彼女のお仕事をディスってしまうことになるとは!
なんたる盲点。
ほんの三秒前に振り絞った勇気の欠片はなんだったのか。
「営治さんがそんな目で私を見てるなんて、正直、ちょっと引いてます……」
スンと横を向く天使。
まずい。どうする。
何か知らないけど彼女は怒っている。
なぜ俺の質問がこの結論に至ったのかは全くもって謎だが、今は『木掛優さんのちょっと引いてます』の推理に時間を割く余裕はない。
てゆうか、たびたび失礼かと思うが、木掛さんに真意を理解してもらうためには、事細かく丁寧にこちらの意図をお伝えするしかない!
でも待てよ……。
『彼氏いるんですか、好きな人いるんですか』
この質問の意図、真理を丁寧に説明って、これはもう木掛さんに告白するのと同じことなんじゃないの……?
そうだろ!
絶対それ以外ない!
心の叫びが滲み出てしまったのか、彼女は訝しんだ目を向けて、少しだけ距離を置いた。
次の映画デートで、より親密になってから告白しようと思っていたのだが、今はそんな悠長なこと言ってられない。なんなら、今の状況を打破しない限り、映画デートも断られるかもしれない!
「誤解ですっ! 俺の話を聞いてくださいっ!」
「え、あ、はい」
「俺が木掛さんに『彼氏いるんですか、好きな人いるんですか』って訊いたのは、決して、木掛さんのお仕事を馬鹿にしたのではありません。つまり、俺が『彼氏いるんですか、好きな人いるんですか』ってあなたに確認したのは、その、つまり……」
情けないことに、ここで言葉が詰まる。
が、奥歯を噛みしめて最後まで勢いよく言い切った。
「あなたに彼氏がいなかったら、俺があなたの彼氏になりたいって意味なんですっ! そして、あなたに『好きな人いるんですか』って訊いたのは、好きな人がいなかったら俺が木掛さんの好きな人になりたいって意味なんです。だから、木掛さんに『彼氏いるんですか、好きな人いるんですか』って訊いたんですっ! こ、これが俺の気持ちです」
なんという告白。
まさか初回のデートで、炎天下の中、彼女に想いをぶつけることになるとは想像すらしていなかった。
しかも、こんなに激しく狂おしく。
同時に、なんという清々しさ。
肝心の木掛さんはどうなんだ。
その半分閉じた瞳。眠たいのか、退屈なのか、まるで掴めない。だからこそ掴みたくなってしまう、底なし沼のような魅力。
本当に不思議な人だ。
ああ、俺の告白の結果はどうなんだろう。
そして――長い沈黙のあと、木掛さんの採決は下る。
「営治さんって――」
息を呑み、返ってきた答えはいつものフレーズ。
「――心配性ですね」
はい?
なんですと?
「えっと……。どういう意味でしょうか?」
「意味……ですか?」
「はい。もしよければ」
「その……」木掛さんは、顔を真っ赤に染めて視線を逸らす。「そのままですよ」
「そのまま?」
どういう意味?
「そのままです。だって、わざわざ休みの日に一緒にデートなんか来ませんよ」
も、もしかして。
「つまり」
「はい……。私は……」
だが、木掛さんはその続きを言うことはなかった。
ふっと視界から木掛さんが消える。
糸が切れるように、突如として俺の目の前にどさりと倒れこんだ。
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