第25話 こんなハーレムはいかが?
「そろそろ屋外のアシカショーでも見に行きませんか?」
「そうですね。ここの目玉ですもんね。楽しみ」
「で、ですよね。行きましょうっ!」
「どうしたんですか? なんか急に驚いた声を出して」
「あ、いえ、急がないと席がなくなると思いまして」
「営治さんって心配性ですね」
木掛さんはくすりと笑い、可愛らしいえくぼを見せた。
珍しく会話がかみ合った。
恐らく、今日のデートで初めてだったんじゃないか。
実はさっきから俺が何か口にするたびに、どんな返しがくるのか内心気が気じゃなかった。そのため、俺の提案が何の支障もなく受け入れられたので、思わず目を丸くして声が上ずってしまった。
彼女は……不思議な人だ。
変な意味じゃない。
唯一無二の魅力で溢れている。
受付嬢と営業マンの関係性であった時から、何となくそんな感じがしたのだが、喫茶店での一件や、水族館デートを通じて、もはや疑惑から確信に変わっていった。
木掛さんは、ものすごーく心配性。
恐らく他に類をみないぐらいに。
何かの拍子にスイッチが入った時は何でも気になって、拡大解釈して、心配になって、それを取り繕うと必死なのだ。
例えば、さっきカナコたちとぶつかった時、
『水分摂りすぎちゃったんですかね』と囁いた。
これは比較的わかりやすいので、俺なりに推理して、恐る恐るこう返した。
「今日はお客さんも多いから、トイレも混みそうだよね。きっと、急いでたんだろうね」
多分これだろう。正解なのだろうか。俺は意識だけを彼女に向けて、その反応を緊張しながら待つ。すると――
「ま、営治さんも、そう思いましたか?」
と同志に出会えたとばかりに瞳を輝かせた。
推理が的中した俺は、得意気になってついついフランクな口調になる。
「そう思ったよ。だって、今日暑いから水分ばかり摂っちゃうでしょ。トイレも近くなるってもんだよ。きっと、俺たちを押しのけるぐらいだから、漏れそうだったのかもしれないね」
「そ、そうですよね」木掛さんのつむじにぱっと花が咲く。「きっと彼女たちは見た目がグリーンやら、夏なのに喪服みたいに真っ黒で奇抜ですけど、本当はすごい良い人で、その奇抜さはむしろ内面の弱さを隠し持ってるからだと思って、しかも、今日すごい暑いから、緊張しいの彼女たちは余計に喉が渇いて、ごくごくお茶でも飲んで、トイレに行きたくて行きたくてどうしようもなくなって、私たちを押しのけてトイレに駆け込んだのではと思ったんです」
……木掛さん、惜しい。
カナコもクワミさんも、好きであの格好をしています。
アイデンティティーなんだって。
彼女は嬉しそうに肩まで伸ばした髪を揺らした。そんなに喜んでもらえると、こっちも推理を当ててよかった。ものすごく良い事したみたいに感じてしまうから不思議だ。
うまく会話がかみ合った俺たちは、意気揚々と屋外ステージを取り囲むアリーナ席に座る。
「アシカショー楽しみですね」
屈託のない笑顔を前に、一瞬、あの日の光景がデジャブした。
そうだ――初恋の人に似ている。
高校一年生の時に出会った、極度のあがり症の女の子。
俺が勇気を持てず、周りの目を気にしてアプローチできなかった、あの子に。
そういえば、彼女と仲良くなった切っ掛けも一匹のカナブンだった。そして、木掛さんと仲良くなれたのもカナコのおかげだった。
なんとなくあの時と状況が似ている。
勇気をもって、関係性をもて。そんな天からの啓示なのかもしれない。
そういえば、カナコとクワミさんはどうしているんだ。
なぜか俺は二人が気になり、アリーナ席を見渡した。
あの二人は薄暗い館内でも、抜群の存在感を発揮していたので、屋外ならすぐにわかりそうなものだが、それらしき人影は見えない。
もしや、俺たちがいい感じになっているので、邪魔にならないように陰に隠れたり、一定の配慮をしてくれているのか。さっきは、ほぼわざと俺たちの間に割り込むようにぶつかってきたから、少しは反省してくれたのかもしれない。
そうこうしている間に、飼育係のお姉さんが慌ただしくステージの準備を始めて、場内がざわめきだす。
開演時刻が迫る。
「木掛さん、もうすぐアシカショー始まりま……」
木掛さんの隣にカナコとクワミさんの姿があった。
木掛さんの「そうですね」に合わせて、ほぼ三人同時に、にこりと眩しい笑顔を見せた。
……って、おい。
突っ込みたくなる気持ちをぐっと胸に押し留める。さっき、アリーナ席を見渡した時はいなかったはずだが……。
すると、前の席に座る高校生カップルのひそひそ話が聞こえてきた。
「なんか、急に『そこ、空いてるかしら。クソ邪魔』って、他にも空いてる席があったのに、なんでわざわざ上から目線で俺たちの席を」
「しっ! 聴こえちゃう。なんか、絡んだらヤバそうな人たちだし……」
「あいつらはあんな格好で恥ずかしくないのかな……。一人は喪服みたいだし、もう一人はちょっと派手すぎないか?」
「しっ! 声がでかいって。触らぬ神に祟りなしよ」
「いや、でも」
「あ! ほら見てる、あの黒い女の人。もの凄い形相で睨んできてるよ」
「ほんとかよ……って、ひいい! なんて目力だ」
……ああ、なるほどね。この子たちを無理やりどかしたわけね。
今の俺たちの席次を、スクリーン越しに俯瞰するとこうなる。
左から、クワミさん➡カナコ➡木掛さん➡おれ。
こんな感じになる。
まるでコント。
木掛さん以外全員顔見知り。こんなお約束みたいな状況ってある?
俺たちの邪魔はしないと約束していた気がするのだが、しっかりちゃっかり邪魔してるし。まあ、この状況を知らないのは木掛さんだけだし、彼女の邪魔はしていないことは事実なのだが……。
もやもやする俺を取り残して、定刻とともにアシカショーが開演。
輪投げにはじまり、ジャンプ、玉乗り、次々と曲芸が披露され、その度に観客席から歓声が上がる。
「すごーい。わたしってば、アシカって初めて見たかも。クワミさん、見たことある?」
「ないわね。あの黒い肢体がクソいい感じね。いいわ、いいしなり具合よ。なんか、アシカってくせになりそう」
……とりあえず一旦、落ち着こう。
「木掛さん、アシカが逆立ちし……」
「ええー! すごーい! アシカって逆立ちできるの? やばくない。どうやってるんだろう」
「一芸に秀でるのって、人も虫も動物も素敵よね。いいわ、クソ魅力的よ。このまま彼にぐわんぐわん跨りたい気分よ。すぐにイキそう。うふふっ」
お邪魔虫は二人そろって「「だよね?」」と俺の顔を見る。
うん。結論、無理。
全っ然、アシカショーに集中できない。
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