第16話 心配性

『心配性』


 この言葉って、言われた本人はどう受け止めるんだろうか。


『可愛いですね』これは誉め言葉。

『優しいですね』これも誉め言葉。


 じゃあ――


『心配性ですね』


 これはどっちになるの?


 悪口でもないし、誉め言葉でもないような気がする。相手の性格を表す言葉として適切だったのだろうか。


『心配性』から連想されること――

 神経質、気難しい、といった悪いイメージ。

 じゃあ、良いイメージではどうかと言えば、気遣いができる人、優しい人ってことになるが、それは相手との関係性に左右される。

 それこそ彼氏彼女の深い関係になれば――


「優さんって、ほんとに心配性だな~。まあ、そんなところが可愛いんだけど」

「ごめんなさい、いつも営治さんのことが心配で。頭の中はあなたのことでいっぱいだから。ダメ……かな?」


 なーんて甘い会話が繰り広げられそうなものだ。しかし、俺と木掛さんは初対面ではないにせよ、まだ仲良くもなっていない。そんな相手に対して使う言葉ではなかったかも。


 口にした後で少し後悔してしまうほど、二人の間には静かな緊張感が漂っていた。

 まずいことを言ってしまったのかな。

 木掛さんは伏し目がちに下を向いている。

 がやがやした店内の雑音すら感じさせないほどに気まずい時間が流れていく。


 俺が彼女を『心配性』と評したのは理由がある。


 だって、いきなり会話の流れをぶった斬って、『高血圧に気をつけて』とか『労災認定はなかなか下りないですよ』とか、普通は言ったりしないよな。この前、店舗で偶然会ったときもよくわからなかったし。


 彼女は未来が見えるとか、

 タイムリープしてる未来人とか、

 そんな大それたものじゃない。


 単純に、彼女にしか分からない独自の解釈で思ったことを口にしているにすぎない。それでも、なぜ俺が身に覚えがないことで『最低ですね』と二回も切り捨てられたのか、100%理解できているわけではないが。


 二人の沈黙は続き、時間がゆっくり流れていく。

 何か言わなきゃ、でも、何を。

 そんな焦りが前後していると、木掛さんの方からぬるっと唇を開いた。


「そう見えちゃいますか……?」

「いや、なんとなくそうなのかなって」彼女に誤解を与えぬように、細心の注意を払う。「決して木掛さんのことを悪く言ってるわけじゃないので、気にしないでくださいね」


「はい……」


 彼女の声は暗い。


 まずい。

 このままではまずい。

 なんとかしなければ。


「あの、その、心配性ってそういう意味じゃなくて、良い意味っていうか、木掛さんが思ってるような悪い意味じゃないですから。なんか、木掛さんに心配させちゃうぼくも悪いっていうか。いや、何言ってるんですかね」


 まずい! リモネンによって精神を安定させねば!


 エナジードリンク愛好家の俺は、果物や植物から抽出されるビタミンの効能効果に絶対の信頼を置いている。だが、一気にオレンジジュースを飲み干すと、今度は俺がむせた。現世に地獄が現れたように激しく咳き込みオレンジの果肉を吹き出すと、あろうことか放物線を描き、


 彼女のお口に……




「あ」




 ではなく、彼女の小さな胸元にぴちょんと着地。


「大丈夫ですか? そんなに慌てて飲まなくても……」

「す、すみません。大丈夫なんで。急に喉が渇いちゃって」

 げほげほしながらその場を濁す慌てっぷりに、木掛さんはくすくす笑う。

「同じですね。私と」

「げほ、ごほ、あ、ああ、おうえっ、ですね」


 お互い失態を見せ合ったため、ある種の共感性が生まれた瞬間だった。


 なんとなくだが気まずい雰囲気は脱したのかもしれない。彼女の緩んだ頬から、決して自分に悪い印象を持っていないことが読み取れた。

 とりあえず話題を変えよう。

 というより、あらぬ誤解をされないように丁寧に説明することにした。


「その、ラインの交換っていうのは、つまり自分が木掛さんともっと仲良くなりたいって意味なんです。こうやって一緒に昼時に喫茶店に行くのがすごい楽しいです。もっと一緒にお茶でもしたいんですが、木掛さんをお誘いする手段が、直接御社に行かないと取れないっていうのがもどかしくて……。木掛さんもお仕事忙しいと思うのでなおさら」


 言葉に詰まり、ちらりと反応を確認。木掛さんは黒目を小さくさせて黙って聞いている。


「ええっと、そんなわけで木掛さんの連絡先をお伺いしたいんです。連絡先さえわかれば、直接やりとりできるし、あれやこれや近況もやりとりできるし、てゆうかしたいし。これ以上でも以下でもありません。でも木掛さんがイヤじゃなければって前提ではあるんですが……」


 もう、これ以上ないぐらいに自分の気持ちを伝えてしまった。


 てゆうか……。


 これはある種告白に近いのでは? 


 だが、こうでもしないと変な意味に捉えられる恐れもあった。

『木掛優さんの最低ですね』を回避するにはこれしかないんだ。

 嗚呼、何が正解で不正解なのか、俺にはさっぱりわからない。


 声なき呻きの中、当の木掛さんは目を瞬かせて、

「さい……」と、いつものフレーズから入る。


 またしても『最低ですね』に繋がるんだろうか。

 どうしたらいいんだ。


 ふいにカナコの顔が脳裏をよぎった。

 屈託のない笑みで、緑色のテントの出入口から顔だけだして、くすくす笑いながら俺を見つめている。一体どうしたんだ。こんな時に俺ってやつは。

 雑念交じりの心境で、木掛さんの続きを待つ。そして、



「……しょから、そう言ってくれたら良かったのに」



「へっ?」と情けない声が漏れた。

「最初からそう言って頂けたら良かったのに。私でよかったらライン交換しますか?」

「いいんですか?」

「大丈夫ですよ。もしかして最近よくうちの会社に来てたのって、そういう理由だったんですか?」

「商品バイヤーさんをだしに使ったわけではないんですが、そんな感じです。でも、最近御社との商談機会も減っていて、少しでも顔を売りたいって気持ちも当然ありますんで、決して不真面目な態度だけで御社に来てるわけじゃありません。それは誤解しないでくださいっ」

「なんだ。それならそうと言ってくれたら良かったのに。毎日、暑い中、パンフレットだけ持ってくるのも大変だったんじゃないですか?」

「いえいえ全然です。うちの会社から御社までドアツードアで三十分ぐらいですよ。案外近いもんですよね。それに、木掛さんとお茶も出来たんで全然苦じゃないですよ」

「そういえば商品バイヤーも、営治さんがこれだけ頻繁にパンフレット持ってきてくれるから、『一回ぐらい話聞いてもいいかな』って言っていましたよ」

「ええっ、ほんとですか? 実は新商品の数字が足りなくて困っていたんです。まだ商談も取れないのかって上司からプレッシャーかけられて、正直どうしようかと悩んでいました」

「そうだったんですね」

「そうなんです。売れ筋以外の商品を売る営業って辛いんです、あはは」


 俺たちは和やかな空気のなか、お互いのラインを交換した。


 そして、彼女は小さく微笑みながら、ぽつりと一言こう付け加えた。




 営治さんって心配性なんですね。




 物語は第四章へ――

 無事、デートへとこじつけた営治。

 このまま二人の仲は進展するのかと思いきや、クセの強い新たな刺客が登場する。

 営治の過去、カナコの思惑が混じりあい、キャラの内面深掘りへと物語は進む。

 序が終わり、破の始まり。

 さあ、どうなる?

 

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