第10話 私と結婚しよう

「ハァ……ハァ……」


 勢いに任せて魔力を解放した甘奈はドッと来る疲労感に肩で息をしていた。

 彼女の目の前は氷で覆われ、その中にアーサーが囚われる形で氷漬けになって停止している。無論、彼の周りに浮いていた剣も動揺に氷に捕まっていた。

 無意識なのか、味方と言える四天王達は避けるように氷塊は展開されている。


 ……参ったな。これは――


「ただの氷ではないですな」


 アーサーの思考とウォルターは氷には特殊な魔力によって別の効果も上乗せされていると気がついていた。


「わっわっ! ご、ごめんなさい! は、早く! 誰でも良いですから! 彼を助けてあげてください!」


 ソレを発動した甘奈はアーサーの窒息死を心配していた。自分では解除出来ない様子から無意識下での発動のようだ。


「魔王様、ご心配は無用です。魔王と称される者はこの程度では死にませぬ」


 ウォルターは慌てる甘奈に説明する。本来なら凍結程度ではアーサーを止める事など不可能。しかし――


『驚いたよ。まさか……停止空間ロックスペースを君が使えるなんてね』

「わっ! こ、声が!? 響いてる……」


 アーサーはまだ意識を失っていない。四天王は甘奈を護るように、ザッと側に集まる。


「お下がりを魔王殿! 拙者がトドメを刺すでござる」


 伊右衛門は妖刀『禁欲』を鞘に納めて居合の構えを取る。


「だ、だ、だ! 駄目ですよ! お侍さん!」

「ぬぅ!?」


 ピキィッ! と『禁欲』の柄と鞘の間が凍りつき、抜けなくなった。


「も、申し訳ありませぬ、魔王様! 拙者……魔王様を護ることばかり……その優しきお心に全て従いまする!」

「え? あ、ありがとうございます……皆さん! 無抵抗の人を殺したら駄目ですよ! 絶対駄目です!」


 自らの主の命令に四天王はアーサーを警戒しつつも攻撃の意思を和らげた。


『不殺思考。ウォルター卿、随分と平和な世界から魔王を喚んだようだね』

「否定は致しませぬ。しかし【魔王】アーサー。その不殺に囚われている事実は変えられませぬぞ」

『殺意与奪は君にあると言う事か』


 アーサー、ウォルター、四天王は全員甘奈を見る。甘奈は周りの視線が集まっている事を確認して、


「え、ええ!? 私ですか!?」

「魔王様の氷塊です。【魔王】アーサーが生きて居られるのも、魔王様のさじ加減故のこと」

「わ、私、殺す気なんてありません! 溶けて溶けて~!」


 と甘奈は必死に手を突き出す。

 本当に……何でこんな事になったのか誰か説明して~!

 すると、溶けはしなかったが甘奈の意志が伝わったのか、氷塊は端から粉塵になる様に分解されていく。


「!!?」

「や、やった!」

「魔王様! お下がりを――」


 その瞬間、解放されたアーサーは風のように動くと甘奈をお姫様だっこで抱えて通り抜けると四天王に向き直る。


「おっと、動かない方が良い。彼女はまだ不馴れだ。巻き添えになるよ?」

「くっ!」


 ウォルターと四天王は甘奈を抱えたアーサーに手が出せない。

 甘奈は急にお姫様だっこをされて、恥ずかしさから、あわわ、と混乱していた。


「さて、一つ聞いても良いかい?」

「え!? わ、私ですか……?」


 真剣なアーサーに甘奈は目を合わせる。


「私はこの大陸を統一し、魔族に安寧を約束したい。しかし、四人の魔王の統治により、それぞれの領地では独自の文化が広がっている。故に、それらを全て支配しなければならない」

「ええ!? そ、それは極端だと……思います……皆さん……納得しませんし……」

「だから“支配”するしかない。けれど、君はまだ話せる余地があると判断した。だから、一つ提案をしたい」

「な、なんでしょう?」


 真剣な眼差しを向けてくるアーサーに甘奈はおずおずとしながらも聞き返す。


「私と結婚しよう」

「…………え? えぇぇぇえええ!?」


 本日最大の声を上げた甘奈だった。


「どういう事っキュ!?」

「なんと……嘆かわしい提案だ!」

『魔王様を連れていくつもりか!?』

「ダメ。西には魔王様。必要」


 四天王は抱えられた甘奈をどうにか取り戻そうと隙を伺う。ウォルターが代表する様に前に出た。


「【魔王】アーサー。その言葉の真意を伺ってもよろしいか?」

「意思の分かれる北と西が一つになる事は大陸統一の第一歩でもある。どの国の魔族は一人残らず私に必要な者達なのだ。しかし、かつての西は話す余地さえもなく、攻め落とすには多くのリスクを必要とした」

「その点は……我々の不届きです」

「仕方の無い事だ。アレが【魔王】ではね。しかし、今の状態が会話を成せるタイミングなのだとしたら、一気に話を決めておきたい」

「それが……我らが【魔王】様との婚姻……」

「夫婦となれば不信な民達も私の動向を見る“間”が持てる」


 何も不備はない。アーサーの提案は先代魔王によってボロボロになった西にとっては悪くない提案だ。むしろ、最短での国の立て直しを可能とするだろう。

 だが、問題が一つだけあった。


「ですが、それには一つだけ問題がありますよ、【魔王】アーサー」

「それは何だい?」

「我らが【氷結の魔王】様のお気持ちです」


 全てにおいて西の行方は甘奈の返答に委ねられた。

 今の話を掛かられながらも聞いていた甘奈は――


「…………私は――」

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