第8話
蛍光灯がジグジグと音を立てて点滅する薄暗い廊下を歩く。壁に貼られたまま三十年以上過ぎている児童たちの作品がまるで昨日今日までここに彼らがいたかのように思わせてくるのが不気味だった。ここでするべき資料調査は殆どない。先達が一度入念に調べたものとの差異を確認、検証することが目的だからだ。手元の懐中電灯で二三歩先を歩く雫の足元を照らす。雫はいつでも鞘から自前のナイフを抜ける状態で周囲への警戒を露にしながら進んでいく。ふと、前方に一階、二階で通過してきたものと違う特別教室があることに気付き、声をかけた。
「雫、ストップ。右手の理科室と準備室がチェック項目に入ってる。中に入ったらそのまま水槽を探して。水が入ってたら少しまずいかもしれない」
「了解」
端的に返してくる雫の仕事人らしい姿に些か安心を覚えつつ中に入る。準備室の鍵は難なく開いて中にもなんの淀みのない空気が流れている。雫を先に行かせる形で進んで空っぽの棚とそれとは対照的に束ねられた紙や本が積まれた机を眺める。以前残されていた写真と寸分の狂いもないように思えた。そっと片端に乗せられた日誌をめくる。中身は何の変哲もない学級日誌だった。例の心神喪失事件の担任がここを主に利用していた理科教師だったことを思い出す。生徒からのコメントに対しての返事はみっちりと細かい字とへたくそな動物の絵で構成されていて、きっと生きていれば沢山の教え子の記憶に残る良い教師だったのだろうと胸が痛んだ。この学級日誌も変化がない。部屋の内部を調べていた雫も問題ないと保証したことで理科室へと移動する運びになった。だが、扉が開かない。鍵が閉まっているわけではない。鍵が閉まっていたって古い教室の引き戸なんて多少は揺れるし隙間もできるだろう。しかし、ぴっちりと閉まったまま渾身の力を込めたって少しも揺らがない。
「……開かないなんてことある?」
「本来の予定ならない。……準備室の内側の扉から開けるか?」
「そうね、そうしましょう」
雫の同意を得て移動する。ケースから抜いたナイフを片手に持つ雫が慎重に鍵を回し、扉を開けた。しかし、拍子抜けするほど何もない。何か人ならざるものの気配がするわけでもなければ、気を付けるべきだとされた水槽があるわけでもない。何かしらの理由で封印が扉自体に施されていて、それが資料から省かれていたのだろうということで見解は一致した。
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