第5話
食事を終えてそれぞれ宿舎に帰ろうとしたとき、先輩にふと呼び止められた。
「目谷、悪いが家の都合で次の調査に同行できない。そこで警備課の雫と組んでもらうことになった。仕事に穴を開ける形になってすまない。」
長い睫毛を伏せて先輩は言った。真面目な先輩は文字通りこの仕事に命を懸けている。お偉いさんから持ち込まれる見合いの全てを蹴って、宿舎で生活して誰よりも早く自主訓練に取り組み、誰よりも真剣に忠実に仕事を熟す人だ。それを同じ調査課で組まされている僕が知らないはずないのに、どうもこの人は妙に自己肯定感が低い。肩をすくめてなだめるように言った。
「大丈夫ですよ。次の調査、ただの廃校になった小学校ですし。雫が一緒なら危険性も低いでしょう。」
「まあ雫がいるから大丈夫だとは思うけど、それでも心配なものは心配なんだよ。可愛い後輩なんだから」
臆面もなく恥ずかしい台詞を言ってのける先輩に一体この人に人らしい羞恥心はあるのだろうかと思いつつ、急に気恥ずかしくなった僕はおやすみなさい、と一言告げて逃げるようにその場を後にした。
翌日、食堂で朝食を食べていると雫が正面の席に座ってきた。相変わらず朝に弱いのか不機嫌そうな表情でイチゴジャムを食パンに塗り始める。
「おはよう。唯央、昨日先輩から聞いたと思うけど今日の調査は私が同行するから。……頭痛いから資料探しやらはそっちがやってよね。実質護衛みたいなものなんだからそっちは期待しないで」
「ああ、わかってるよ。記憶力はいいのになんで本読むの嫌いなんだろうな、本当。資料読むのが得意だったら調査課配属だったかもしれないのに。元の希望はこっちだろ?」
「ううん、頭痛くなるからだめ。私には体を動かす方が性にあってるの。実際、近接格闘と逮捕術は同期で一番だったし、いまだに警備課でも一番だからね」
イチゴジャムを塗ったトーストをさくりと音を立てて齧りつつ、そんな風に整った眉を顰める雫。雫は体術が得意で銃器を持ち込めないケースの護衛としての仕事や狙撃手の奏と組んで奏が仕事をしっかりこなせるように侵入経路やらを塞いで邪魔されることがないようにする仕事が最近は主体になっている。資料調査やパソコンでの仕事が多い、最低限しか体術がこなせない僕を守るのは日頃の職務とも近くて気楽なのだろう。イレギュラーな行動をするのが怖い気持ちはよくわかるので程々にフォローを入れつつ自分も食事の続きをする。
今回の調査は三十一年前に廃校になった小学校。その周辺地域は色々と怪異絡みの警察では解決できない案件が多く発生していた。車で数時間かかる山の中の小学校、その名前は『鋼船小学校』というらしい。
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