第4話
食堂で夕飯をもらいにカウンターに赴くとそこにいた調理師がにっこり笑って先輩に話しかけた。
「詩ちゃん、よかったわ~。帰ってくる日って聞いたから用意してたんだけど夜中だったら対応できないのに気付いたところだったのよ。今日はね、お蕎麦の日だったからちゃんと詩ちゃん達のお鍋も用意してたのよ」
「お気遣いいただきありがとうございます。そうだったんですね、助かりました」
先輩はにっこり笑って感謝を告げる。調理師は代替麺の食事を用意し終えた後も話しかけていて先輩の人望が伺える反面、八方美人といわれそうなくらい誰にでも善く接するところが垣間見えてため息を漏らした。奏が見かねて二人のもとにいき、おばちゃん!と元気良く呼びかける。
「おばちゃん!お蕎麦伸びちゃう!先輩も美味しく食べたいだろうからお話今度にしてよ」
そんな風に失礼ともとれる言動で頬を膨らます奏。童顔なせいかよく女性、それも年上の女性に可愛がられる奏はこういったことがめっぽう得意で仕事でも不必要なレベルで発揮している。本来潜んで高台なりに向かい狙撃する役目が得意なはずなのに対人で会話したり誘導するのも得意なんて天は二物を与えずなんて嘘だなとつくづく思わされる。
「あらごめんなさいね、詩ちゃん、後輩の面倒見てえらいのね」
「可愛い後輩ですから」
奏の尽力が功を奏したのか解放された先輩は席についてから小さく調理師に聞こえない声でありがとう、と奏に告げた。先輩にも諸事情があり通いでもいいところを宿舎で暮らして仕事をしているというのにあの調理師はデリカシーなく孫がどうの、結婚したほうがいいだのと口にする。ここが特殊部隊の宿舎であり訓練施設なのは関係者であるあの人も承知のはずなのに、いつどこにでも愚鈍な人間はいるということだろう。似たようなことを考えていそうな表情の雫が眉を寄せて眉間のしわをつくりながら不満そうに口を開く。
「六条先輩は優しすぎます。あんな風にしらべちゃんしらべちゃんって不躾に名前を呼んで、デリカシーのないことばかり。しかも私にここは命を懸ける覚悟で働いてる人しかいない、結婚する人がいたとしても珍しいことは知っているだろうって言われて拗ねたみたいに先輩にばっかりあんなこと」
「私がこういう性格だって知らないから仕方ないさ。あの人も悪気があるわけじゃない」
そんな風に困った顔で笑いながら、先輩は雫の頭を撫でる。
「さあ、食事にしよう。皆きょうもお疲れさま」
優しく重ねられた言葉は金平糖を口に入れた時のようにじんわりと溶けていくようで、不愉快な思いは消え去っていくようだった。いただきます、と食前の挨拶をして箸をつける。こんな風に訓練であったことなんかを話ながら四人で食事をとる些細な日常がいとおしくて溜まらないことなんてきっと一生口に出さないんだろう。そう思った。
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