―伽羅色―

 明るい。

 脳裏に浮かんだ最初の言葉がそれだった。

 床や壁の漆黒が強い光沢を持って輝いている。一部が黄色くインクで塗られているようだった。

 ただそう思ったのは一瞬だった。その黄色の電灯も十分に暗く、これまで暗い場所に目が慣れ過ぎていたお陰で明るく見えただけだった。

 その事実を認識すると共に、また異様な光景が網膜に焼き付いて来る。

 ここはダイニングルームのようだが、奥行きは無限に続いていた。極限的に無にも見える部屋の一番向こう側まで、見渡す限りに食卓が続いている。

 そしてその全ての席に黄色のワンピースを着た少女が座っていて、食事をしている。しかし行儀は良くない上に不潔だ。素手で、何かよく分からない黄色く濁った液状の物を口に掬い上げている。それだけ乱暴にしているからお気に入りのワンピや床に飛び散るのに、一滴でも無駄にしまいと落ちてしまったその液体も這い蹲って啜っているのだ。

 一層気味が悪くなって来たが、彼女らは食事に夢中になり過ぎて私に目をくれる暇さえないようだった。後ろをすんなりと通り抜けて、目に入った扉を選ぶ。

 開くと狭い廊下だった。右方向は真っ暗で先が知れない為、左に行くことにした。

「……ん?」

 何か、音が聞こえる。

 さっきダイニングで聞いたのと似たような音だ。咀嚼音だろうか。恐る恐る、曲がり角の先にある影を覗き込む。

「むぐ……むぐ」

 見れば彼女はコミックに登場するような大きな骨付き肉を頬張っていた。肉と言っても黄色いのだが。

 彼女が一瞬こちらを見たのでギクリとしたが、興味がないのか再び食事に戻る。骨付き肉以外にも少女の前には沢山の食材が置いてあるように見える。

 私を襲わないと言うのなら、敵意はないのだろうか。話しかけてみるか。

「あの……何を食べているの?」

「……ん」

 反応した。今度は顔をこちらへは向けなかったが、どうやら目の前の食事を見せようとしているようだった。しかしそれだけのことをするのに、どうしてか彼女は苦労している。

「なにしてるの?」

「分けてあげようと思って」

 この子は少し友好的なのだろうか。

 何かを引き千切る音が聞こえて来た後、黄色い液体を零しながら彼女はこちらを向いた。

「えっ」

 最初、顔が二つあると思った。いや、実際そうだったのだが片方は彼女の顔ではなく彼女が手にしている、もう一人の少女の肉体から切り離した物であった。

「い、いや……」

 吐き気がした。不安が止まらなかった。

 それでも眼前の少女は残念そうにしているだけ。私が後退りすると、彼女は私に近寄って来た。

「いや、来ないで!」

「……」

 少女は一瞬黙り込んだ。そして持っていた首を乱暴に投げ捨てると、同時に後ろにある首なしの身体が動き出した。

「――ッ!」

 踵を返して走り出した。

 悪夢だ。ようやく気付くことが出来た、これは悪夢なんだ。そうだ、私は夢の中にいたから夢だと気づけなかった。これが現実だと信じて疑わなかった。きっとそうに違いない。そうであって欲しい。

 無我夢中になって、廊下の暗闇の方へと走り抜けて行った。

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