「キスしないと出れない部屋」で詰んだんだが。

イズミタモツ

何も死ぬことはないだろ……

 目を覚ますと俺は真っ白な部屋にいた。

 八畳ほどの大きさで、扉が一つ。壁の片隅の防犯カメラが俺を捉えている。

 このことより異常なのは俺の隣に密かに想いを寄せているコンビニ店員がいることだ。

 コンビニ店員の西園寺さんは床に落ちていた紙を拾い上げた。

 見ると、そこには「ここから出る方法はキスすることのみ」と書かれていた。

 俺は一瞬で理解した。噂に聞く「キスしないと出れない部屋」についにお招きにあずかったのだ。

 西園寺さんと目があった。何か話さないと。


「あの……」


 話すのは初めてなので緊張しながらも声を振り絞った。

 西園寺さんは黙ったまま、扉の方へ向かい歩き出した。


「聞こえなかったのかな」


 いつもの独り言がぽろりと出た。

 まもなく西園寺さんがドアノブに触れると、やはり紙の通り開かないようだ。その途端、一心不乱にドアノブをガチャガチャして、ドアを蹴り、タックルした。扉はびくともしなかった。


「西園寺さん?」


 俺は心配になり声をかけると、西園寺さんは肩をビクッと震わせ、その場に倒れた。


「西園寺さん!?」


 西園寺さんに駆け寄ると、口から泡を吐いていた。息をしていない。西園寺さんは死んでいた。

 俺は泣いた。西園寺さんが死んでしまったことにではなく、あんなにも必死に拒絶されてしまったことに。


「そんなこともあるわな。切り替えていこう」


 俺の特技はメンタルコントロールだ。賭けに負け財産を失った時も、家族に見放された時も、難なく乗り越えてきた。こんなことで俺はへこたれない。

 問題は詰んだってことだ。西園寺さんが死んでも扉に変化はない。泡を吐いている西園寺さんとキスするわけにはいかないし、果たして死人にキスをしたところで解錠に至るのかもわからない。「キスしないと出れない部屋製作委員会」があるのだとしたら不測の事態に慌てふためいていることだろう。


「運営! メンテナンスはよ!」


 防犯カメラに向かって言っては見るが、カメラは無機質な表情のままで、言葉は返ってこない。

 キス以外にここから出る方法を模索することにした。


「強行突破以外ないよな」


 所持品を調べてみる。


「ええと、コンビニで買ったジャンプと、お茶。財布とスマホ。西園寺さんはコンビニで仕事していたので手ぶら。役に立つものはなしか」


 ポケットから取り出したスマホを開いてみる。


「やっぱり圏外」


 とりあえず今週のジャンプを読むのが得策だと踏んで、壁に寄りかかりジャンプを読み始めた。

 ジャンプを読み進めていると、独り言を止め、静かにしていたせいか、壁の向こうから声が聞こえてくることに気がついた。

 耳を澄ませて聞いてみると、何やら男女が揉めていることがわかった。隣にも「キスしないと出れない部屋」があるのかもしれない。


「頼むよ、キスさせてくれ」

「絶対嫌! 死んでも嫌!」


 やはり隣も「キスしないと出れない部屋」だった。

 それにしても惨めな男だ。


「俺も同じか」


 同士よ。是非とも会って酒でも交わしたい。


「しかしなんか聞き覚えあるんだよなあ」


 隣の部屋にいる男の声に聞き覚えがあった。


「最近どっかで聞いたような気がするんだけど」


 そう独り言を言うとその正体に気がついた。


「俺の声やんけ!」


 隣の男は紛れもなく自分自身だった。

 俺は壁を叩いて俺に気づいてもらえるよう仕向けると、ドンドンと音が返ってきた。


「もしもし? 聞こえますか?」


 俺は声をかけた。


「ん? 誰ですか?」


 こちらに気がついたようで声が返ってきた。


「俺だよ俺俺!」

「オレオレ詐欺? なんでこんな場所で?」

「ちげーよ。俺はお前自身だ。聞き覚えある声だろ?」

「じゃあ助けてくれよ俺。由美子ちゃんがキスしてくれないんだ」

「何? 由美子ちゃんだって?」


 由美子ちゃんは俺の幼なじみ。ここ数年一度も会ってない初恋の相手だ。


「なんでお前が由美子ちゃんといるんだよ。もう何年も会ってないはずじゃ」

「え? 道でばったりあって連絡先を交換しただろ?」


 わかった。これは別の世界線の俺だ。


「悪いがお前とは仲良くできないようだ。さよなら」

「おい待ってくれよおい!」


 少し壁から離れればもう声は聞こえない。由美子ちゃんと連絡先を交換した俺なんて俺じゃない。憎むべき敵だ。

 俺は反対側の壁を叩いた。


「おーい俺。そっちにもいるのか?」


 すぐに返事が返ってきた。


「こっちの壁にも俺がいるのか?」


 壁の向こうにいる俺も、隣に部屋があることを知っているようだった。


「相手は誰?」


 俺は壁の向こうの俺に問いかけた。


「隣に越してきた伊達さんだよ」

「いや誰だよ」

「そっちは?」

「コンビニ店員の西園寺さん」

「いや誰だよ」


 お互い知らない相手だ。世界線が違うと出会う人も違うのか。


「その伊達さんとキスできないのか?」

「伊達さんは死んだよ」

「西園寺さんも死んだ」

「おお同士よ」


 俺たちは壁を挟んで意気投合した。


「何か壁を壊せるようなものはないか?」

「さっき壊した防犯カメラの部品が使える」

「わかった。とりあえず今この声が聞こえる壁を壊しててくれ」

「了解」


 俺は壁に穴を開けるため、お茶を防犯カメラに向け何度も投げた。

 二十回ほどぶつけると、防犯カメラはボトッと取れた。

 防犯カメラの付け根の部分は鋭い鉄パイプのようだった。


「お待たせ。この辺でいいか?」


 俺は叩く音の聞こえる場所に戻って問いかけた。


「そうだ。そっちからも壊してくれ」


 俺は防犯カメラで何度も壁を叩いた。やっとのことで指一本入るほどの穴が空いた。もう一人の俺が持っていたボールペンをグリグリすると、やがて腕一本入る大きさになった。


「うわほんとに俺じゃん」


 自分じゃない自分が目の前にいる。不思議な気持ちだ。


「これだけ開けば十分だ。やることはわかってるよな」


 別の俺が俺に問いかけた。


「覚悟はできてる」


 俺は穴の空いた壁に向かって唇を突き出した。

 俺は俺とキスをした。とても気分が悪い。


「これで開くといいが」


 ドアノブに手をかけると、難なくその扉は開いた。


 外に出ると、目の前にも扉があった。


「廊下?」


 ホテルの廊下のように扉が連なっていた。


「ありがとう俺」


 横から出てきた別の俺はお礼を言った。


「こちらこそどうも」


 俺もぺこりと頭を下げた。


「それで、どうしたものか」


 俺と俺は同時に同じ言葉を発した。

 扉が左右に永遠に続いていて出口は見当たらない。全部の扉に別の俺がいるのだろう。

 俺たち二人は談笑しながら歩き始めた。


「いやマジで俺ら嫌われる要素ないよな」

「ほんとにそれ。死ぬほど嫌なんてことあるかよ」


 そんな話をしていると開いてる扉を見つけた。中には誰もいない。


「別の俺が出たのか」


 中には見知らぬ女性の死体があった。


「出口あんのかな」


 そのまま進むと脇道があった。そこを進んだら周りとは違う雰囲気の扉があった。


「出口か?」


 開くとそこには複数の俺がいた。


「またかあ」

「いつ終わるんだよ」


 中にいた俺たちは俺たち二人を見て落胆したような態度をとった。


「ようこそ嫌われ者の俺の部屋へ」


 その中の一人が俺二人を部屋に案内した。

 部屋の中には俺が十数人いて、トランプや、麻雀卓を囲んで遊んでいた。沢山のテレビが防犯カメラの映像を映していて、ここが「キスしないと出れない部屋製作委員会」の本拠地であることがわかった。


「みんなキス出来なかった人たち?」


 俺が聞くとみんなは頷いた。

 これは辛い。


「ここから出る方法ってないの?」


 もう一人の俺が聞く。


「誰かがクリアすれば終わるよ」


 防犯カメラを見つめていた俺が言った。


「お前が主催者か」

「そうだ。ことの発端は、思いつきでトキメキちゃんがキスしてくれるかスーパーリアル次元シュミレーターで計算したら自害してしまうことがわかったんだ。そして二人、三人とシュミレートする人数を増やしたがーー」

「ちょっとまて、なんだよそのなんとかリアルシュミレーターって」


 急に話始める俺を止めて聞いた。


「世界線が違うから知らなくて当然だ。話を続けるぞ。それで女の子みんなショック死か自害するものだから、自棄になって、俺とキスする女の子見つけるまでシュミレーターを抜けられないように設定したんだ。二千人の女の子と俺を導入したから一人くらいはキスすると思ってたのに。今、ほとんどの女の子は死亡して、ここにいない俺は皆、放心状態だ」

「どうにかならないのか?」

「たった一人、可能性のある女の子がいる。それは、幼なじみの由美子ちゃん。俺たちが介入すれば普通の女の子はその前に自害するが、幼なじみの由美子ちゃんなら……」


 由美子ちゃんと聞いて、周りの俺たちも由美子ちゃんを思い出すように上を見上げた。世界線が違くとも共通の認識として由美子ちゃんはいるらしい。由美子ちゃんと俺は本当に昔は仲が良かった。


「しかし由美子ちゃんの居場所が防犯カメラを見てもわからないんだ。なぜならその防犯カメラがどの部屋にあるかわからないから」


 アホみたいな理由に俺たちは「馬鹿野郎」「だから無職なんだろ」とヤジを飛ばした。


「お前も無職やろ! ってわけでどうしようもないんだ」

「俺、場所わかるかも知れない」


 俺がいた部屋の隣は由美子ちゃんだった。


「本当か!」


 俺たち十数人は俺の案内で歩き始めた。泡を吐いた西園寺さんがいる元の場所に戻ってきた。


「この隣の部屋です」

「よし! 穴を開けるぞ!」


 主催者の合図で俺たちは一斉に様々な道具で壁を壊していった。あっという間に穴が開き、由美子ちゃんと俺の姿が見えた。


「由美子ちゃん! キスをするんだ!」


 俺たち全員が一気に部屋に押し寄せた。

 俺はそれに押されて由美子ちゃんに一番近づいた。


「キスするのは誰でもいい!」


 主催者がそう言い、俺は由美子ちゃんにキスをした。

 その瞬間視界が真っ白になり、全てを思い出したような感覚に陥った。分裂した俺が一つに集約された。

 スーパーリアル次元シュミレーターは無事終了した。


「良かったぁ」

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「キスしないと出れない部屋」で詰んだんだが。 イズミタモツ @babibu0000

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