第49話
「あれは...」
見上げた先に浮かぶ、上空で両翼を羽ばたかせ弧を描いて舞う黒い影。猛禽類のそれと同じ形状の翼を仰いで宙を泳ぐ飛竜が、十数匹。甲高く咆哮を放ちながら、こちらへと重力に身を任せるように滑空する。
「竜...?」
鹿芝がそう口から息を零したとき、既に飛竜の群体うち一匹の牙がその肢体を捉えた―—
「マサカネ様は下がっていてください」
——はずだったが、その牙と衝突したのは鹿芝の血肉ではなく、滑らかに研がれた鋼鉄色の刃。
刃の伸び切った伸縮刀を構えるギルの姿が、認識する余裕すら与えず眼前に現れ、向かい来る飛竜の攻撃を弾き返していた。しかし、続いて三匹が地へと降り立ち、計四匹が前後左右から囲う様にギルの周囲を陣取り、鉤爪のような先端部分を宿した細長い四肢を振るい、牙を覗かせながら攻撃を放つ。そしてそれをギルの握り締める刃が弾く。
互いに、まともに視覚では捉えられない、圧倒的な速度で。
(こいつら、竜の眷属じゃない。本物の、竜だ)
ミリシアが一瞬にして焼き払った竜の大群の姿が不意に、脳裏に蘇る。一瞬の出来事だったから鮮明には思い出せないが、確かにわかる。今まで対峙していた怪物、人の言葉を話す竜の眷属とは一線を画した、本物の化け物。
ペインとの戦闘によって体力のほとんどを消耗した今の状態では、鹿芝が飛竜と対峙することは不可能だと、この身に宿る生存本能と微かな焦燥の滲むギルの表情によって悟らされる。
―—しかし、その攻防は突如として。
「ギル!上!」
―—ギルの頭上から注ぐ鮮紅色の、熱を宿した血塊が降り注ぐのを皮切りに、周囲に佇んでいた飛竜の四肢が滑らかな血と骨の断面を一斉に曝したことで、終結した。
「伸縮刀・円」
円を描くように薙いだ平たい鋼鉄の色でなぞられた残像が、飛竜の体躯に宿る体温と激臭の込められた血の粒の舞う空間を蹂躙し、塗り潰すように駆け巡りながら。
「え?いや...はっや...」
鹿芝がその光景に呑まれ、呆然としたのも束の間。
「まだです。マサカネ様」
上空を舞う、十匹ほどの飛竜の黒い影が一斉にこちらへと接近し、ギルへと襲い掛かってくる。ギルはそれを空を薙ぐような視線で認識し、降り注ぐ飛竜の鉤爪を右手の刃で受け止め、左手で刃の引っ込んだ状態の伸縮刀を五本、指と指の隙間に挟んで上空へと投げる。
そしてそのまま爪と牙を鉄で弾く攻防が数秒、行われたその瞬間。上空を、円を描いて回転して転がる五本の伸縮刀の刃先。そのそれぞれの延長上に捉えた、飛竜の首筋。
「伸縮刀・出」
五匹の喉元を滑らかな鋼鉄が貫き、その輪郭に溢れ出る流血を滴らせながら地中へと刃が食い込む。喉元に釘を打ち込んだかような様が繰り広げられるとともに、飛竜は一斉にあらゆる挙動を失い、口腔を満たした血液を噴きあげて沈黙した。
そして、残るは四匹。だが―—
「なんだ...?」
低く唸るような音の連続が、地盤の奥深くから。
「地面が、揺れてる...?」
そのとき、何かが崩れ落ちる音が遠くから響き渡った。その方向へと目をやると、ロイリア邸が瓦礫を撒き散らしながら、崩落していた。塗り固められた壁面やら天井やらが石の塊となって吹き荒れて、その内側から現れた生物の風貌を、曝していた。
「あれは...」
その姿には、覚えがある。
「アンナの記憶で見た...竜だ...」
獰猛な四肢と胴体の上に、巨木の幹のように極太い首が三本、縦にそびえ立って連なるその姿。ロイリア邸のラベンダー畑を焼き払った、三本首の竜だ。ふと―—
(人が...いる...)
連なる竜の頭が三つ、そのうち真ん中の頭頂部の上に仁王立ちをする人間の影が遠くに、性別を判別することもできないが見えた。何やら、黄色い鎧を全身に纏っている。
その人間の影の正体を探ろうと目を凝らしていると、三本首の竜のそれぞれの頭部辺りから、口腔の奥から漏れ出した球状に広がる太陽のような痛ましく神々しい輝きが一心不乱に広がって。
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