第43話
「おはよう、鹿芝くん」
瞼を擦りながら廊下へ足を踏み出したその瞬間、聞き慣れた穏やかな声音。
「あ、おはようございます」
声の正体は須床だった。
転移者である三人の部屋は、同じ階に三つ揃って廊下に沿って須床、土鯉、鹿芝の順に並んでいる。
「その服似合ってるね。完全に異世界に溶け込んでるよ。ほんとに冒険者みたい」
「ありがとうございます。そういや、須床さんのそれ、俺のと地味にデザイン違いますよね」
鹿芝と同じく、須床も彼の自室に用意された中世ヨーロッパ風の服装に着替えている。須床の服は鹿芝のものと色合いが違っている。
鹿芝が指を差すと、須床はそれに反応して。
「そうなんだよねー。あとさ、これ思いのほか肌触り良いよね」
「分かります。なんかいい布使ってるのかもしれないですね。ところで、土鯉先輩は部屋にいなかったんですか?」
「ああ。あいつ先に飯食いに行ったっぽい」
「えっ?」
反射的に聞き返してしまった。
鹿芝が思い返したのは、先日の夕食時。ミリシアとの会食の場から自室に戻ろうとした時に転移者一行は彼女に呼び止められ、明日の朝食の時刻について伝えられたのだ。
それによると、朝食は朝八時。昨日の夕食と同じ場所。
「今が六時五十...一時間くらい時間ありますよね?」
「まあ...あいつそういうやつだから。でもまあ、せっかくだし俺たちも行かない?」
「そうですね。やることもないし」
二人は会話を楽しみながら、二人は朝食の並べられたテーブルのある広間へと足を運んだ。
「おっ。須床~!マサ~!」
途轍もなく広く、装飾も色鮮やかな空間にて、土鯉の呼び声が響く。
「お前早くね?ミリシアさんに言われた時間よりまだだいぶ早いだろ」
「いやー。なんか割と朝早くに目が覚めちゃってさ。ここってネットもないし暇で死にそうだったから、取り敢えず飯食いに行くかって思ってさ」
土鯉は、装飾の豪華な椅子に腰掛けて、奥行きのある滑らかな生地に背中の重心を掛けながら、椅子の四本足のうち前二本を度々浮かせてぼやくように呟いた。
「いや、お前...一時間前だぞおい」
「流石、マイペースの極みですね...」
呆れ顔で突っ込む須床と鹿芝に、土鯉はにんまりと笑みを浮かべて。
「まあ、行動は早けりゃ早い方がいいじゃん。行動力こそが正義!それが俺の流儀!」
「あっ、そうすか」
「おいおいそういう反応すんなよ~。どうせやることないわけだしここでゆっくりしてようぜ~。カードゲームとかないし、しりとりでもやるか?」
「そんなことしてるなら一旦部屋に戻って飯に呼ばれるまで永遠に一生布団に潜ってたい」
「引きこもり体質が言動に漏れ出てるぞお前」
須床と土鯉の会話を聞いていると、ここが異世界であるという自覚を失くしそうになる。
協同学習室という居場所も、ノートpcやワイヤレスイヤホンも、形としてそこにあったものは全て消えてしまっているが、それでもあの頃と同じ安心感が、確かにこの場所に宿っている。
(俺たち、これからどうなるんだろ)
鹿芝は、はしゃぐ土鯉とそれに応対する須床のやり取りを横目に、そんなことを考えていた。
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