第24話
「マサカネさんは、竜王の騎士剣を知っていますか?」
「かしょく?なんですか、それ?」
「ゾコラ・エンパイアを、この大陸全土を統べる皇帝陛下の懐刀、この世界において最強に等しい力の持ち主とされる剣の使い手たち。私の姉は、そう謳われるほどの強さを持つ彼らとも互角に渡り合えるほどのを有している、この国でも数少ない人材です」
「世界最強と肩を並べるって、ペインさんってやっぱ凄い人なんですね」
「本当にそう思います。姉は、この国屈指の調律者として、それまでの記憶の全てと引き換えに与えられた、時空の管理者の力で拮抗する竜と人の調律を保っています。そのせいで、姉はかつての自分の名前を思い出せないそうで、本人曰く、かつてはあなたと同じ国で日々を過ごしていた、普通の少女だったそうです。ちなみに年齢は、私より十七ほど上だそうです」
「へえ...えっ、十七!?」
「ええ。信じがたい話でしょうけど、彼女はこの世界を訪れた時から肉体の成長が止まっていて、老いることもないらしいのです」
「え?じゃあロリババ...じゃない、不老不死ってことですか!?いやでも俺も転移者だから...俺も不老不死に!?」
「いえ。確か、生きていける時間には明確な限度があると言っていました。具体的な年数は分かりませんが、あと数年でそれに達してしまうそうです。あ、でも安心してください。実質的には不老不死とは大差が無いものですし、姉の場合は確か百年以上生きていけてるらしいですよ」
「なるほど。そう、なんですか...明確な限度...」
ティークがティーポットを傾けるのに連れて、空のカップに透き通った茶葉特有の褐色の水面が波打ちながら注がれる。沸き上がる半透明の白い湯気が、潤沢でまろやかな蒸気の孕んだ熱の感覚が、香ばしく鼻筋の奥を通り抜けていく。
「姉は、優しい人です。私にお茶の淹れ方や、この世界にまつわる知識、戦いの心得に至るまで。ちなみに私のこの髪も、元々はあなたと同じ真っ黒だったのですが姉が金色に染めてくれたんです。この色、気に入っていて。姉からは多くのものを教わりました」
「教え、ですか。印象深かったのだと、どんなのがあります?」
「印象深かった、ですか。そうですね。人から与えられた道具や能力を、それを与えてくれた人に振るうならば、その身には天の怒りが降り注ぎ、天明の裁きが下る、という教えです。姉は、大切なものをいくつも与えてくれた。だから私は、それに報いたい。報いるために生きていたい。血の繋がりはありませんが、私にとって彼女は立派な姉です。私は、そう思います」
「俺もそう思います。優しそうな人だなって...だけど偶に、視線が瞳の中に吸い込まれそうになるというか、不思議な感じがするんです」
その言葉を聞き終えるや否や、ティークは驚いたように両手でその口元を塞いだ。心成しか、僅かに頬が紅潮しているように見える。そして、恐る恐ると言わんばかりに、抑えていた口を開いた。
「それって...姉のことが好き、なんですか?」
「あっ、いや...そういうのじゃ、ないです」
戸惑いながらそう言うと、ティークは途端に腹を抱えながら笑い出した。高らかに響くその声が、数秒続いて、十秒ほどに経っても止むことが無かった。
「そ、そんなに笑わなくても...」
「いえ!すみません...けど、やっぱりあなたって、とても面白い人ですね」
鹿芝は目を反らしたまま、席を立った。
「その、ティークさん。ありがとうございました、色んなこと教えてくれて」
「いいえ、こちらこそ。また話し相手になってくださいね」
「はい。じゃあ、さようなら」
「ええ、また会いましょう」
夕陽を背に浴びて、床に落ちた自分の影を踏みながら、鹿芝はまた廊下へと戻った。
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