第19話
―—馬車に揺られること、小一時間。山道を昇って、馬車は貴族の邸宅らしき屋敷の門を潜り、そして止まった。
「マサカネ。着いたよ」
「どこ?ここ...」
馬車から降りると、花の甘い香りが鼻の奥深くで膨らむように漂った。
「マサカネ!ほら見て、これ...」
ラベンダーで埋め尽くされた花壇が石畳の道を左右から挟み、城門の手前から馬車の向く方向に構えられた屋敷までの風景を、青を交えた紫の花弁一色で塗り上げていた。
「綺麗だね。ラベンダー」
「これラベンダーなんだ。あんま花の種類とか分かんないけど、なんか藤の花に似てる感じあるな...」
「フジ...って何?それって花の名前なの?」
「ああ、うん。あれは俺の故郷の国だとそれなりに有名な花の名前なんだけど」
「へえー。行ってみたいな、マサカネの故郷」
鹿芝とフィアは花壇の手前でしゃがみ込みながら、風に揺れる細長い花弁の先端を目線で追い掛けていた。
「フィアは、どうして花が好きなの?」
「なんでって言われても、ちょっと難しいかも」
「そっか。なんとなくって感じ?」
「いや、まあ、えっと...花ってそれぞれに花言葉が与えられてるでしょ?私たちは当たり前のように人と話すし、触れ合ってるけどさ。花に口はついてないし、目線で何かを訴え掛けたり、手を握ったり、人と直接話すこともできないけど、花びらの輪郭とか色彩とかから感じられる何かがそこに宿ってる。私たち人間だって、自分の意思を伝えるのは、言葉だけじゃないでしょ。表情や声、身体の動き。それに近い何かを、花はその色と形で伝えようとしてくれてるんじゃないかって、思う」
狂い咲くラベンダーから鹿芝の目線が反れて、不意に視界の真ん中にフィアの横顔が佇んだ。
「花には、人の想いを言動に書き換える力があるって思うんだ。花の姿形と自分の感情を照らし合わせて、自分が何をしたいのか、何が欲しいのか、自分の心を形にしたものとして花を見て、自分を見つめ直す。花は自分の心の在り様を映す、鏡みたいなものなんだよ。私たちは、花に写し取って形にした自分の気持ちを理解することで、言葉や行動を紡ぐ力を貰ってる」
なだらかでやすらぐような声音と笑顔が、彼女の言葉、花を見詰める視線、指先や髪の流れ、微かな厚みと深い色味のある桃色の唇までも鮮明に映していた。
「私はその感覚を大切にしてる。だから花が好き」
胸の奥の体温が、鼓動を伝って頬を焼く。
フィアの表情が見せる一挙手一投足全てが、両耳の穴から漏れ出るほどの心音となって鹿芝の全身を揺らしていた。
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