仰々しい門扉をくぐった先にあったのは、典型的な廃村だった。

 いくつも立ち並ぶ、こぶりな廃墟。これらは恐らく民家だろう。

 そこから先、視界を塞ぐように建っている大きな建築物。苔むした壁に、崩れかけた瓦屋根。およそ半分ほどを蔦に飲み込まれたそれは、規模やつくりからして集会場の類だろう。

 村の中央に鎮座するその建物の隣には、この場に似つかわしくない建物がある。

 レンガで組まれた西洋建築……教会だろうか?

 屋根の上に鎮座するシンボルは、俺が知る限りどの宗派にも属さない、一見するとでたらめな形状だ。

「臭いなあ、臭すぎる」

 目に見えるほどに異質な信仰の痕。食事にまつわる奇祭。目立つところのない奇祭というが、どうせロクでもない儀式をしていたに違いない。

 だがしかし、それどころではない問題があった。

 そもそも、そもそもだ。

 あのバカは祭りに巻き込まれると言っていた。それがどうだ、ここには人っ子一人、それどころか幽霊や妖怪すら居やしない。

 場所を間違えたか?

 いや、だが、まだ行方不明になった人の件もある。まだ村の入口から中ほどまでしか来ていない。この集会場の奥に、まだなにやらあるかもしれないだろう。


 そう思いながら奥へ踏み込むと、目に飛び込んできたのは人の営みだ。

 ごく普通の村人が、古めかしくはありつつも、ごく普通の暮らしをしていた。

 ごく普通の人間が、井戸の底から水を汲み取っている。

 ごく普通の親子が、広場で遊んでいる。

 ごく普通のチャラ男が、青い顔で項垂れている。



「あっ」



 チャラ男は俺を見つけると、ぱあっと顔を明るくし、涙を拭って駆け寄ってきた。

「オタクぐん!」

「まだ死んでなかったか」

「いつもごめんねぇ……」

 ずびずびと洟をすすり、俺に必死にしがみつく。邪魔。

「なにもされてないよな? エイリアンの卵を産み付けられるとか」

「うん……まだ何もされてない……」

 じゃあ帰るか。

 そう思った矢先の出来事だった。

「逃がさない!」

 水たまりから悪霊が這い出してきた。それはすぐに人間の形を逸脱し、ぶくぶくと膨らんでいく。

「ああ~ミサ!? 違うんだ!!」

 こいつの彼女か? 本当に女を見る目がない。

「下がれ!」

 邪魔な幼馴染を突き飛ばし、リュックのポケットから粗塩のビンを取り出す。

「くらえ!」

 塩をかけると、ミサと呼ばれた悪霊が怯む。この隙に逃げるのだ。

 尻もちをついていた幼馴染の手を引き、走る。

 ミサは地面を這い回り、しつこく俺達を追いかけてきた。教会の壁を壊し、朽ちかけた民家によじ登り、瓦屋根を崩しながら跳躍。――先回りされた!

 ほんの一瞬考えて、俺は残りの塩を全てぶち撒けた。

 煙を吹き出し悶えるミサ。命からがら生み出した隙に、その横をすり抜けるように――

「ニガサナイ!!」

 ミサの横っ腹を突き破り、上半身じみたものが飛び出す。逃げ切れない――



 クラクション。



 甲高い音と共に、軽自動車がミサに突っ込んだ。悪霊の塊は大質量の突撃に為す術もなく歪み、ごろごろと地面を転がっていく。

「先生!?」

「早く逃げるぞ!」

 車から飛び出した女性について走る。目指すは村の出入り口。

「いや待て!」

 だが、先生が急に向きを変える。とっさの出来事だが、なんとか俺達もその後を追い廃墟へと飛び込む。

「しばらくここに身を隠そう。入り口に見張りが出てきた」

 促されるまま、隙間から村の出入り口にある門を覗き見る。そこには、目深にフードを被った大柄な人間が立っていた。

 彼らは微動だにせず、村の外を見つめている。明らかに正気ではない。洗脳でもされているのだろうか? まるでRPGで村の入り口に立っているNPCのように、入り口で待機している。

 しばらく観察していると、なにやら話し声が聞こえてきた。村の外からだ。

 注意深く観察する。

 あれは……観光客か?

 他愛も無い会話。すごーいだのやばーいだの言いながら、門に近づいてくる。

 助けを求めるか……いや。

「あれ、誰かいんじゃん。先客?」

「えーでもなんか」



 ぱん。



 彼らを視界に入れた途端、見張りは乾いた音と共に強烈な光を放った。

 顔を背けたが、それでも視界が白んでいる。メガネを上げて目元を拭い、なんとか視力を取り戻す。

 曖昧な視界でも、その変化は一目瞭然だった。

 観光客の二人は、呆然と立ち尽くしている。

 それから少しの間黙り込んでいた二人だが、不意に虚ろな目で村の奥へと歩き出す。フラフラとした、なんとも頼りない足取りだ。先程までの陽気な観光客だとは、とても思えない。あの光か。

「洗脳ですかね」

「だろうな」

「え、なになに、どういう?」

 一人慌てるバカを放置し、俺は先生と考察を続ける。

「てっきり人間だと思っていたが、あいつは――」


「ちょちょちょおい! こっち来てるって!」


「なっ!?」

 ガクガクと震え、身を寄せてくる幼馴染。

 押しのけるか、押しのけまいか? そんな事を考えている内に、すぐ目の前まで迫っていた。

 フードの奥から覗くそれは……明らかに人間ではない。

 形を持った靄のような、その奥に蠢く瞳は、まっすぐにこちらを見つめていて――





 ぱん。

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