②
仰々しい門扉をくぐった先にあったのは、典型的な廃村だった。
いくつも立ち並ぶ、こぶりな廃墟。これらは恐らく民家だろう。
そこから先、視界を塞ぐように建っている大きな建築物。苔むした壁に、崩れかけた瓦屋根。およそ半分ほどを蔦に飲み込まれたそれは、規模やつくりからして集会場の類だろう。
村の中央に鎮座するその建物の隣には、この場に似つかわしくない建物がある。
レンガで組まれた西洋建築……教会だろうか?
屋根の上に鎮座するシンボルは、俺が知る限りどの宗派にも属さない、一見するとでたらめな形状だ。
「臭いなあ、臭すぎる」
目に見えるほどに異質な信仰の痕。食事にまつわる奇祭。目立つところのない奇祭というが、どうせロクでもない儀式をしていたに違いない。
だがしかし、それどころではない問題があった。
そもそも、そもそもだ。
あのバカは祭りに巻き込まれると言っていた。それがどうだ、ここには人っ子一人、それどころか幽霊や妖怪すら居やしない。
場所を間違えたか?
いや、だが、まだ行方不明になった人の件もある。まだ村の入口から中ほどまでしか来ていない。この集会場の奥に、まだなにやらあるかもしれないだろう。
そう思いながら奥へ踏み込むと、目に飛び込んできたのは人の営みだ。
ごく普通の村人が、古めかしくはありつつも、ごく普通の暮らしをしていた。
ごく普通の人間が、井戸の底から水を汲み取っている。
ごく普通の親子が、広場で遊んでいる。
ごく普通のチャラ男が、青い顔で項垂れている。
「あっ」
チャラ男は俺を見つけると、ぱあっと顔を明るくし、涙を拭って駆け寄ってきた。
「オタクぐん!」
「まだ死んでなかったか」
「いつもごめんねぇ……」
ずびずびと洟をすすり、俺に必死にしがみつく。邪魔。
「なにもされてないよな? エイリアンの卵を産み付けられるとか」
「うん……まだ何もされてない……」
じゃあ帰るか。
そう思った矢先の出来事だった。
「逃がさない!」
水たまりから悪霊が這い出してきた。それはすぐに人間の形を逸脱し、ぶくぶくと膨らんでいく。
「ああ~ミサ!? 違うんだ!!」
こいつの彼女か? 本当に女を見る目がない。
「下がれ!」
邪魔な幼馴染を突き飛ばし、リュックのポケットから粗塩のビンを取り出す。
「くらえ!」
塩をかけると、ミサと呼ばれた悪霊が怯む。この隙に逃げるのだ。
尻もちをついていた幼馴染の手を引き、走る。
ミサは地面を這い回り、しつこく俺達を追いかけてきた。教会の壁を壊し、朽ちかけた民家によじ登り、瓦屋根を崩しながら跳躍。――先回りされた!
ほんの一瞬考えて、俺は残りの塩を全てぶち撒けた。
煙を吹き出し悶えるミサ。命からがら生み出した隙に、その横をすり抜けるように――
「ニガサナイ!!」
ミサの横っ腹を突き破り、上半身じみたものが飛び出す。逃げ切れない――
クラクション。
甲高い音と共に、軽自動車がミサに突っ込んだ。悪霊の塊は大質量の突撃に為す術もなく歪み、ごろごろと地面を転がっていく。
「先生!?」
「早く逃げるぞ!」
車から飛び出した女性について走る。目指すは村の出入り口。
「いや待て!」
だが、先生が急に向きを変える。とっさの出来事だが、なんとか俺達もその後を追い廃墟へと飛び込む。
「しばらくここに身を隠そう。入り口に見張りが出てきた」
促されるまま、隙間から村の出入り口にある門を覗き見る。そこには、目深にフードを被った大柄な人間が立っていた。
彼らは微動だにせず、村の外を見つめている。明らかに正気ではない。洗脳でもされているのだろうか? まるでRPGで村の入り口に立っているNPCのように、入り口で待機している。
しばらく観察していると、なにやら話し声が聞こえてきた。村の外からだ。
注意深く観察する。
あれは……観光客か?
他愛も無い会話。すごーいだのやばーいだの言いながら、門に近づいてくる。
助けを求めるか……いや。
「あれ、誰かいんじゃん。先客?」
「えーでもなんか」
ぱん。
彼らを視界に入れた途端、見張りは乾いた音と共に強烈な光を放った。
顔を背けたが、それでも視界が白んでいる。メガネを上げて目元を拭い、なんとか視力を取り戻す。
曖昧な視界でも、その変化は一目瞭然だった。
観光客の二人は、呆然と立ち尽くしている。
それから少しの間黙り込んでいた二人だが、不意に虚ろな目で村の奥へと歩き出す。フラフラとした、なんとも頼りない足取りだ。先程までの陽気な観光客だとは、とても思えない。あの光か。
「洗脳ですかね」
「だろうな」
「え、なになに、どういう?」
一人慌てるバカを放置し、俺は先生と考察を続ける。
「てっきり人間だと思っていたが、あいつは――」
「ちょちょちょおい! こっち来てるって!」
「なっ!?」
ガクガクと震え、身を寄せてくる幼馴染。
押しのけるか、押しのけまいか? そんな事を考えている内に、すぐ目の前まで迫っていた。
フードの奥から覗くそれは……明らかに人間ではない。
形を持った靄のような、その奥に蠢く瞳は、まっすぐにこちらを見つめていて――
ぱん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます