第57話 大掃除
汚れとして認識したものは消えてしまう……清浄魔法のヤバさに気付いた俺が、磨きをかけてきたのは発動の速さと正確さだ。
敵よりも早く……いや、敵よりも遅くても、相手の攻撃が俺の体に届く前に発動させられれば消滅させられる。
剣でも、槍でも、弓矢や攻撃魔法であっても、体に届く前に消してしまえばダメージを受けずに済む。
素早く、的確に魔法を発動させるために、日頃の掃除の依頼から意識して訓練を重ねてきた。
何千人レベルの大軍を吹き飛ばすような攻撃魔法とかは使えないし、気を抜いている時には一般人と同レベルだが、後から習得した物体の認識スキルを併用していれば、十人程度が相手の戦闘では負ける気はしない。
「クリーニング!」
芝居じみた動作でワンドを抜き、高々と掲げて清浄魔法を発動させる。
「かはっ!」
事務所にいる俺以外の全員が、声なき悲鳴をあげてのたうち回り始めた。
「どうだい、俺のスペシャルな清浄魔法は? 悪趣味だろう? めちゃくちゃ痛いだろう? まぁ、聞いても返事は出来ないだろうがな」
既に全員の声帯は消し去ってある。
呼吸は出来るが、意味をなす音を発するのは不可能だ。
そして、全員の四肢が末端から光の粒子となって消失していっている。
爪も、皮も、肉も、骨も、噴き出す血も、身に付けている服も、靴も、残さず消えていく。
予め全員の声帯を消し去ったのは、悲鳴がうるさいからだ。
剥き出しの神経を消失させられるのは、激烈な痛みを伴うようで、声帯を消さずに使用すると、どんなに屈強で筋金入りの悪党であっても泣き叫んで許しを請うてくる。
両手両足を末端から消してしまえば、武器もワンドも振れないし、殴ったり、蹴りつけることもない。
後は命が尽きるまで、痛みに悶えながら自分の体が消えていく様を見守るしかないのだ。
相手を苦しめながら、存在そのものを消去する、我ながら本当に趣味の悪い魔法だ。
「俺はさぁ、普通の暮らしが出来れば文句は無いんだよ。豪華な家が欲しい訳じゃないし、毎晩キラキラのパーティ―がしたい訳でもない。普通でいいのに、邪魔してくる奴がいるんだよ、手前らみたいにさ」
ソファーから立ち上がって部屋の奥へと歩を進めると、グルゼダ、バディア、リロアの三人は、肘や膝の先ぐらいまで短くなった手足をバタつかせ、涙と鼻水にまみれた酷い顔でパクパクと何かを必死に訴えてきた。
「あぁ、その魔法は一応中断させることも出来るぜ」
そう言った途端、グルゼダは目を大きく見開いて、必死に声を出そうと足掻いてみせる。
「ただねぇ、中断した途端、切断面から血が噴き出して、出血多量で死ぬんだわ。辺り一面が血の海になるし、片付けが面倒だから中断しねぇけどな」
無言で俺を罵るグルゼダの横を通り過ぎ、壁の扉を開けると大きな金庫があった。
「クリーニング」
閂部分を清浄魔法で消し飛ばして扉を開けると、金の入った革袋と大量の書類が納められていた。
書類は全て借金の証文だ。
俺が証文の束を手に取ると、グルゼダは短くなった手足を使って這い寄ってこようとしてみせた。
とんでもない痛みだろうし、もう助からないと分かっているはずなのに、恐ろしいまでの執念だ。
俺が書類の束を金庫に戻し、金の入った革袋を床に取り出し始めると、グルゼダは大きく頷いてみせた。
俺が金さえ手に入れれば、証文はそのまま残して、自分の体も元に戻してもらえるとでも思ったのだろう。
俺はグルゼダに向かってニンマリと微笑んでからワンドを振った。
「クリーニング」
光の粒子に包まれて、証文は金庫ごと消滅していった。
金庫が消滅すると共に、グルゼダの生への執着も消滅したようで、呆然と金庫があった空洞を見詰めたまま動きを止めた。
金庫から取り出した革袋を鞄に詰め、リロアがテーブルに置いた革袋も回収する。
グルゼダ達が完全に消滅するまでの間に、酒瓶やグラス、ツマミが乗った皿なども消していく。
ずれたソファーやテーブルを元の位置に戻して、もう一度部屋全体に清浄魔法を発動させてから事務所を出た。
これで、誰かがいた痕跡は完全に消えているはずだ。
こっちの世界では、指紋やDNAの検出などは行われないが、そのレベルで調べても痕跡は見つからないはずだ。
逆に、何の痕跡も残されていないことが、俺がいた痕跡ともいえるのだが……それは証明不能だろう。
事務所を出ると、厨房の料理人が歩いて来るのが見えた。
なにか幹部連中に報告でもあるのだろうか。
声を掛けられる前に、こちらから話し掛けた。
「事務所に誰もいないんだけど、どこ行ったんだ?」
「えっ、誰もいないんですか?」
「あぁ、誰もいないぞ」
首を捻った料理人が、ノックをして事務所の扉を開けたが、当然誰もいない。
「おかしいですね……あっ、作業終了のサインですか?」
「いや、サインは貰って一度帰ろうとして、次の依頼はいつ頃か聞いておこうと戻ってみたんだけど……まぁ、それはギルドから聞くからいいか」
「そうですね……お疲れ様です」
キツネに化かされたような顔をしている料理人を残して、裏口から外に出る。
空は不気味なほどの夕焼けに染まり、湿った西風が吹いていた。
「こりゃあ、夜から雨かな……」
革袋を詰め込んだ重たい鞄を背負い直して、雉鳩亭を目指してゆっくりと歩き始めた。
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